56話・あなたはどこで間違ってしまったの?
キルサンと目が合うと、彼は力なく笑った。
「俺はレナータさまを妻に迎え、王位に就く気でいた」
「……! 将軍。なぜなの? どうしてそんなことを?」
いつから彼はこのような事を企み始めたのだろう。彼は心優しい少年だったはずなのに。彼と出会った時のことを思い出して涙が溢れてきた。
「……レナ」
イヴァンが肩を抱き寄せてくる。私は彼に身を預けながらキルサンを見て言った。
「あなたは他人の痛みが分かる人だった。私はあなたに出会って特権階級者以外の者にも私達と同じ赤い血が流れていると知った。あなたがそれを私に教えてくれた」
「……?」
「あなたは六歳くらいの頃、果敢にも馬車の前に飛び出したわ。自分はいいから他の人を助けてって。そんなにも他人思いのあなたが誰かを恨んで貶めるなんて信じられない。あなたの養父も村長だったお祖父さまもいい人達だったじゃない」
「……! どうしてその事を? それはソニア王女しか知らないこと……」
「どうか、お願い。目を覚まして。キルサン。以前のあなたに戻って」
私はこちらを見つめるキルサンしか目に入ってなかった。隣でイヴァンが息を飲んでいたことにも気がつかないでいた。
前世、出会った少年の面影をキルサンに求めていた。あの頃の彼はキラキラしていた。貧しくてぼろを纏っていても、痩せ細っていても気持ちは真っ直ぐだった。
私が領地改革に身を乗り出した頃には、姿を見かけなくなっていたからどうしたのかと村長に聞けば、「あの子は実は訳あって、ある御方からお預かりしていたのです」と、寂しそうに言われたのを覚えている。
「あなたはどこで間違ってしまったの? キール」
前世、呼んでいた愛称で呼びかけるとキルサンの目が潤み出した。
「姫さん……。姫さんなのか?」
「あなたは馬鹿ね。王位簒奪なんてあなたに似合わなくてよ。何の英雄のつもりだったの?」
「姫さん。俺は姫さん、あんたに会いたかった。俺たちの為に鍬を握り、畑を耕して笑ってたあんたに……!」
前世のキルサン少年が泣いているような気がする。肩を抱くイヴァンの手から逃れて、間諜に拘束されている彼に近づくと、彼は私を見上げた。
「姫さん。どこ行っていたんだよ」
「ごめんね。あなたなりに頑張っていたんだよね? もう頑張らなくてもいいのよ」
キルサンは迷い子がようやく親と邂逅を果たして、喜びを露わにしたような目を向けてきた。私が身を屈めて大きな体を抱きしめると、彼は静かに泣き始めた。




