55話・事の真相
キルサンはイヴァンを憎々しげに睨み付けた。今までイヴァンから簒奪を望んでなかった事を聞いていた私には、キルサンはイヴァンに対して誤解しているような気がしてならなかった。
「もしかして私達の結婚式当日、イサイ公爵のところに届けられた手紙というのはあなたが? 囚われたヨアキムさまを救い出せなどと書かれた手紙を送りつけたのは貴方かしら?」
それを聞いて初め、イサイ公爵のもとへ奇妙な手紙が届いたことを思い出した。キルサンに聞けば彼は認めた。
「初めはそれが正しいことと信じていた。親父の復讐のためにも、ヨアキムさまを王位に就け、陛下を廃位することがいいと思っていた。頼りない王子はアリスなんて訳の分からない羽虫に夢中になっていたが、彼女と引き離されれば少しは頭が冷えると思っていた」
「ところが思ったよりもヨアキムさまはアリスに執着が強かった?」
「俺はレナータさまと復縁して王位に就き、アリスを愛妾に迎え入れれば良いとヨアキムさまを説得しました。それに同意するなら脱獄に手を貸すと約束した。ヨアキムさまはアリスを修道院から解放してくれるならと渋々同意した。それが間違いの元だった」
ヨアキムは自分が幽閉されていたのを良く思ってなかったはずだ。そこにこの国で最も頼りがいのある将軍が王にしてやろうと言い寄ってきて、その手を拒むことは出来なかったのだろう。
ではアリスはどうだったのだろうと思うと、将軍が言った。
「脱走に手を貸し、隠れ家まで用意したというのにあの娘は、感謝の言葉もなく次々要求してきた上に、この事を陛下に伝えていいのかと脅迫した。図々しい事にもし、それが嫌なら俺の女にしろと迫ってきた」
アリスに関しては同情も湧かなかったが、キルサンはどこまでも歪んでいるように感じられて哀れにすら思われてきた。
「それであの女を殺害した。アリスが死んだことで、少しはまともになるかと思われたヨアキムさまは全然駄目だった。死んだアリスの事ばかり考えて先の事を考えようとしない」
「愛する人を喪ったのよ。当然ではないの?」
「ヨアキムさまはあの羽虫に騙されていただけだ。それをいくら言って聞かせても耳を貸さない。これでは駄目だ。俺は陛下がしたように簒奪を考えることにした。陛下は周囲に注意を怠らない。だから食事中の毒死を狙っていた」
将軍はアリス殺害を認め、さらに陛下の暗殺まで企んでいたことを告白した。
「俺はヨアキムさまが王位に就き、王妃としてレナータさまが収まれば何も問題ないと考えていた。ヨアキムさまに言い寄る害虫を駆除したまで」
キルサンの言葉に、イヴァンが訝るように言う。
「おまえのしたことで納得がいかないことが一つだけある。おまえの話では余に恨みがあっての犯行だというのは分かったが、それならどうしてレナータにも毒を盛った?」
「レナータさまに毒を盛れなんて命じてない。あの女が勝手にしたことだ」
「余に毒を盛った後はどうする気だった?」
「俺が代わりに王位に就くつもりだった。その為の兵も用意していたが、貴方のことだからすでに押さえているのだろう?」
「ああ。事前に怪しい者たちがいたからすでに拘束して牢に繋いだ。皆、正直に将軍の指揮の下、動く予定だったと吐いてくれて助かった」
キルサンが簒奪を企んでいたとは。私は胸にもやっとした思いが広がっていくのを感じた。




