54話・英雄の息子
彼の身が危ないと駆け寄ろうとしたのをゲラルドに腕を引かれた。
「ゲラルド。なぜ止めるの?」
「大丈夫です。妃殿下、ご安心下さい」
宥められて見た先には、短銃を握ったイヴァンがいた。イヴァンは無事だった。それに安堵したら一気に気が抜けてふらつきそうになる。その体をゲラルドに支えられた。
「そやつを捕らえよ」
冷静なイヴァンの声に、剣を取り落としたキルサンは脇腹を抑えながら睨んでいた。そのキルサンをどこからともなく現れた数名の黒づくめの格好をした者達が取り囲む。
陛下の間諜部隊のようだ。キルサンに切り捨てられたと思われる女官の死体が間諜によって運ばれて行き、気がつけばこの場には、残った間諜部隊とイヴァンと私に、ゲラルド。そしてキルサンのみで、セルギウスや女官達はいつの間にかいなくなっていた。
「くそ……!」
「キルサン。おまえには色々と聞きたいことがある。なぜ女官を切った? あの女から証言を取ろうとしたのを妨害したと言うことは知られてまずいことでもあるのか?」
拘束されて身動き取れないキルサンの前にイヴァンが立つ。キルサンは鋭い目を返した。
「ああ。あの女に毒を盛るように指示したのはこの俺だ。あの女の口からそれが漏れると厄介だから切って捨てた。聞くことはそれだけか? 他にも知りたいことがあるんじゃないのか? 陛下」
キルサンはイヴァンに対して悪意を隠そうともしなかった。悪態をつく彼に忠臣のイメージしか持っていなかった私は驚いた。
「キルサン。どうしてなの? あなたはイヴァンに忠誠を誓っていたのではないの?」
キルサン将軍の顔の傷が、それを物語っていたはずだった。将軍は私と目が合い、口角を上げた。
「忠誠? そんなものあるわけない。俺は陛下を恨んできた。いつか復讐してやろうと思っていたんだ。この顔の傷だって陛下からの信用を得る為に、あえて陛下の命を狙う暴漢の前に身を乗り出した」
「……!」
イヴァンからの信用を得る為に、自分の顔を傷つけたのだと告白したキルサンは、自虐的に笑っていた。
「復讐って、陛下があなたに何をしたというの?」
「粛清で俺の親父を殺した」
「あなたの養父だった前将軍のこと?」
「養父なんかじゃない。俺の本当の父だ。ラーヴル・アスピダは俺の実父だった」
キルサンは胸の奥底から絞り出すような低い声で告白した。ラーヴル・アスピダは下半身が緩く、女性との噂が絶えなかった。それでも仕事は出来る男で武勇に優れていた為、その辺りは亡き父王を始め誰もが目を瞑ってきたのだ。
初恋の人の屑っぷりを見てしまったような気がした。本人がこの場にいたのなら酷く罵ってしまいそうだ。
「俺はあんな父親でもこの国の英雄だった親父が自慢だった。誇らしく思っていた。だから親父に頼まれて俺は何でもやった。暴漢から当時王子だった陛下の身を助けるのは俺の役目。そんなことやりたくなかったが、暴漢から陛下を助ければ親父が『良くやった』と褒めてくれて、陛下の代わりに毒を食らえばこの時ばかりは『大丈夫か? 苦しくないか?』 と、言って抱きしめてくれる。父の愛情を独り占め出来たようで嬉しかった。親父の為なら何でも出来たんだ」
彼は悲痛な思いを曝け出していた。彼は実の父親の愛情を求めて歪んでしまったのだろう。
「それなのに陛下、あなたの頭に王冠を被らせようと奮闘した親父を、粛清の一言で処刑した」




