53話・暗殺未遂
1ヶ月後。
イヴァンと二人で昼間、会食していた時のこと。
その日はイヴァンが視察で出向いた海沿いの街で、売られていたという珍しい食材で作った料理が幾つも並んでいた。
海の幸が野菜と共に炒められたり、煮込まれたりして食欲をそそる香りを立てていた。
「美味しそうだな。料理長に頼んだかいがあった」
「いい匂い」
女官達が慣れた手つきで目の前に次々料理を運んでくる。それらがテーブルの上を埋め尽くしたときに、私は異変を感じ取った。
鼻先にどこか懐かしいような、甘くねっとりとした印象の感じられる匂いがした。
──どこかで嗅いだような?
そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。イヴァンが手に取ろうとしていたスープ皿を払いのける。
「ヴァン、駄目! それを口にしないでっ」
「……!」
私の咄嗟の行動に、彼は目を丸くしていた。
私はドレスのポケットに忍ばせていた銀のスプーンをまだ手つかずに居た私の目の前にあるスープにつけると、見る間に変色した。
それを見てイヴァンを始め、セルギウス、ゲラルドが顔を顰める。
「……!」
「皆、この場を動かないで!」
私はヨアキムの婚約者となってから、ゲラルドの勧めもあり、暗殺を避けるためにも銀のスプーンを持ち歩いていた。毒が食べ物や飲み物に入っているかどうか調べるには、これが一番てっとり早かった。
特にこのような無色透明の毒を避けるのに適していた。この毒は初めてじゃない。そうこれは前世、ソニアだった私の命を奪ったものだ。何となく察した。
「セルギウス。料理長や、調理場に居た者を調べよ」
イヴァンが怒りを抑えた声で指示を出すと、隅の方で震えだした女官がいた。新しく入った女官だ。イヴァンの怒りを初めて目にして戦いているのかとも思ったが、様子が違った。
病的なほど顔が青ざめていた。それをイヴァンが見逃すはずもない。
「そこにいるおまえ。何か知っているな?」
イヴァンに見据えられ、彼女は後退りしようとした。それを止めた者がいる。キルサン将軍だった。
「この慮外者めが」
「違っ……!」
女官はさらに追い詰められて、目を泳がせる。挙動不審に思えた。
「キルサン。その者を牢屋に入れておけ。後で詳しく取り調べる」
「御意」
キルサン将軍がその場から女官を連れ庭園の垣根を超えた時だった。「痛っ。何をする?」と、言う声と「きゃあっ」と、いう女官の声がした。
それに何かを感じ取ったのか、慌ててイヴァンが制止の声を上げた。
「キルサン。待って!」
「ひぃいいっ」
と、イヴァンの制止の声に女官の悲鳴が重なる。異変を感じたイヴァンが垣根へと近づいた時だった。
「死ねっ!」
と、キルサン将軍がイヴァンに向けて血のついた剣を振り上げた。その血は女官を切り付けたものと思われた。同時に銃声が上がる。
「イヴァンっ」




