52話・祖母と陛下
「レナ。久しぶりね。元気にしていた?」
「お祖母さまも」
晩餐の席に姿を見せた祖母のタチアナを見て私は祖母に歩み寄った。イヴァンとバラムは先に席についている。
祖母のタチアナはバラム同様に変わりなかった。ふくよかな祖父に対して華奢なタチアナは、私を見て微笑んだ。
「お久しぶりにございます、イヴァン陛下」
「うむ。良く来た。タチアナ。今宵はゆっくりしていってくれ」
タチアナはバラムの隣の席に着き、私はその向かい側の席でイヴァンの隣の席に着いた。楽しく会食が始まり、一時間ほど過ぎた頃だった。
食後のお茶を頂きながら、タチアナが私達を見て言った。
「あの儚い少年が、このような渋いおじさんになるとは思いもしませんでしたわね」
「あの頃はよく亡き王妃さまや、アレクセイ兄上の女官長を務めてくれていたそなたに助けられたな」
タチアナの懐かしむ言葉に私は思い出した。タチアナはアレクセイの女官長をしていた。結婚を機に職を辞していた。そのことをすっかり忘れていた。
「奇妙なものですわね。あの少年がこうして王となり、私たちの孫娘を妻としているなんて」
「そうだな。あの頃の余も明日のことなど考えられない状態でようやくここまで来た」
「あの時は驚きましたのよ。何の説明もなくネリーを預かって欲しいと言われた時は、てっきり彼女が陛下の恋人かと思っていました」
「そうだったか? 説明はしたように思うが?」
「陛下からはこのことは誰にも明かさぬように言い含められていたので、タチアナに話したのはネリーがレナータを産み落とした後です」
騙されたというタチアナを前にして、イヴァンは頬を掻いた。同意を求めるようにバラムに目をやるが、バラムもこの件では味方とはなってくれないらしい。
「済まなかった。タチアナ」
「あの頃は陛下も大変だったのは分かっておりますから。でもあのお馬鹿さんと婚約破棄となったので、ようやくレナータが帰ってきてくれると思いましたのに、イヴァン陛下に持っていかれるなんて思いもしませんでしたわ」
タチアナは辛口だった。仮にも今は亡きヨアキム殿下をお馬鹿さんと言ってのけた。イヴァンは気にしてないようだ。咎めるようなことはしなかった。
「レナを不幸にしたら許しませんよ。陛下」
「お祖母さま」
「分かっている。これを一生大事にする。泣かせるようなことはしない」
一伯爵夫人が陛下に言う言葉ではないと、諫めようとしたらイヴァンが素直に受け止めていた。
「レナが幸せならわたくしは何も言いません」
おいおいとその隣でバラムが苦笑する。その光景を見てそう言えば祖母は祖父を尻に敷いていたことを思い出した。仕事では各国の重鎮らを前にして一歩も引かない祖父は、祖母にだけは甘いのだ。
「そなたらの懸念は問題にもならないって事を、あと数年で証明してみせよう」
そう言ってイヴァンは笑っていた。私は意味が分からず微笑むだけに留めた。




