51話・祖父と孫
「何でもないです」
「何でもないって顔ではなさそうだが?」
それ以上、追求されるとボロが出てイヴァンの前で余計な事を口走りそうな気がした私は祖父に話を振ることにした。
「お祖父さま。この後はゆっくりしていけるのでしょう? たまにはお祖母さまも一緒にお会いしたいですわ」
「それはいいな。今夜の晩餐にタチアナも呼ぼう。それまでバラムはレナと話でもしているが良い。余はこの後、残った書類の整理があるからな。二人で積もる話でもしているがいい」
「陛下」
タチアナとは祖母の名前だ。イヴァンは久しぶりの祖父と孫の再会に気を利かせてか、先に退出して行った。私は祖父を連れて庭園に出た。
「元気そうで安心した」
「お祖父さまもお変わりなくて良かったです。お祖母さまもお変わりなく?」
イヴァンの元に嫁いでから、私は祖父母と会えなくなっていた。二人とも夜会には遠慮して顔を出さなかったし、祖父はこの国の大使ということもあり、イヴァンに色々と特命を受けて忙しそうにしていた。
「ああ。あれは手が掛かるわしが居ない間は、好きな趣味に時間を費やして楽しんでいるようだ。帰宅したら近所の奥様方を招いてジャムづくりをしていたぞ。それを使ったパイを振る舞っていたな」
祖父が海外を渡り歩いていて、王都の屋敷に残されている祖母は寂しい思いをしているのでは無いかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
若い頃は祖父の仕事先にも同行していたという祖母は食べる事が大好きで、特にお菓子に目がなかったと聞く。祖母は手先も器用でそのうち食べる側から、自分で作ることに興味を覚え、自国に帰ってみてからもちょくちょくお菓子作りをしていた。
そのおかげで私は子供の頃から祖母の手作りのおやつをもらって育ってきたのだ。
「まあ、私も参加したかったわ。お祖母さまの作るジャムはとても美味しいもの」
「今夜、もしかしたら何か持参するかもしれないぞ。言付けておくか?」
「いいわ。そこまでしてお祖母さまに無理はさせたくないもの。お会いしたときに直接おねだりしてみるわ」
きっと今頃、イヴァンの使いの者が屋敷を訪れているだろう。貴族の支度というのはそう簡単には出来ない。これから支度に入るだろうから、その祖母にお菓子を作って持ってきて欲しいだなんて言えない。そのお菓子だって短時間で出来るわけでもないから。
当日、いきなり訪問を望んでおきながら、しかもお土産を頼むなんて申し訳ないから、晩餐の席で今度訪れる際に持ってきてくれたら嬉しいと伝えようと思っていると、隣に立つ祖父から聞かれた。
「陛下とは上手くやっているようだな」
「ええ。良くしてもらっているわ」
祖父は私達の夫婦仲が気になっていたようだ。
「それは良かった。もしも、嫌な目に合っているとしたら戻っておいでと言うつもりだった。でも、思ったよりも幸せそうだ」
「お祖父さま。もしも、何かがあったとしたら陛下が私に飽きたか、喧嘩したときでしょうね」
「それでもいい、その時は帰っておいで」
「私はこんなにも甘やかされていていいのかしら?」
「もちろんだとも。おまえが六歳の時に陛下との対面を果たしてから毎日が勉強づけで大変だった。わしらはおまえの溌剌とした良さが失われてしまうのではないかと恐れていた。おまえには王族ではなくごくごく普通の貴族の男性に望まれて嫁いだ方が幸せになれると思っていた。だからヨアキムさまの婚約者となってからも反対していた」
祖父はイヴァンにいいように振り回されてきたのだからそれぐらい当然だろうと言った。
祖父は私とヨアキムの婚約や、イヴァンとの結婚を望んではなかったようだ。出来ることなら王姪としてよりも私個人の幸せを望んでくれていたみたいで、その言葉に涙が出そうになった。
「おまえが婚約破棄されたときも、実はわしらのもとへおまえを帰して欲しいと言った。でも陛下からおまえはアレクセイ兄上の子だからこのまま宮殿に留め置くと言われてしまってはそれ以上、強く拒む事も出来なくてな……」
バラムは申し訳なさそうに私を見る。祖父は私のことをずっと実の孫娘のように思ってくれていた。それが分かって嬉しかった。
「ありがとう。お祖父さま。私、幸せです」
「陛下には沢山、甘えなさい。多少の我が儘を言っても構わないだろう。わしらの自慢の孫娘を側に置かれているのだから」
そこには可愛い孫娘を陛下に取り上げられてふて腐れているような発言に聞こえて笑えた。




