5話・怪しげな噂
「それは無理があるように思われますが?」
「なぜだ?」
この二人には正直、しでかしてくれたなと言う面倒くさい思いしかない。こうなる前に相談して欲しかった。あの日、話が途中で終わってしまったことが残念でならない。
もしかしたら私が誤解を解こうと殿下に会いに行っても会ってもらえなかったのは、彼らとしては筋書きが出来上がっていたのかと疑いたくもなる。
二人は何も見えていない。二人の行動によって生まれてしまった犠牲者に。そして破滅への道を引き寄せてしまったことに。
「アリスさまは男爵令嬢。王太子妃になるには些か足りないものがあるかと」
「身分のことなら問題ない。彼女を養女として迎え入れてくれるとイサイ公爵が請けおってくれた。王太子妃教育もな」
イサイ公爵の名前が上がって悟ってしまった。イサイ公爵は陛下にとって義従兄になる人。抜け目のない人物だ。イサイ公爵の父は王弟だった。
前世、私と兄弟達を叔父は密かに亡命させようと手を貸してくれていた。しかし、その長男(後のイサイ公爵)が情報をイヴァン派に渡し、私達を捕まえさせたのだ。
その時のことを思い出し、胸の中がじりじりとしてきた。
「なるほどこの件にはイサイ公爵も関わっているということですか?」
「今まで王太子妃教育を受けてきたきみには悪いとは思う。でも、これは一生の問題だ。きみには怪しげな噂もある。それを明らかにしない限りきみとは一緒にいられない」
「怪しげな噂とは?」
「きみは父上の……」
問いかける私に、殿下は言い渋る。その彼に煮え切らないものを感じたのか、変わってアリスが言ってきた。
「陛下のお気に入りのあなたは陛下の隠し子ではないかってこと。他にも陛下といかがわしいことをしているんじゃないかって言われているわ」
アリスの言葉に呆れていると、私に変わって隣から声が上がった。
「殿下、今の発言は陛下や、レナータさまに対する侮辱と受け取られますよ」
「キルサン将軍。いや、その今のは、そういう噂があると言うか何というか……」
「どなたが噂していたのか教えて頂けますか? 即刻、処分対象になります」
キルサン将軍は私のエスコートをしてくれた手前、黙って話を聞いていたが、殿下の言葉に聞き逃せないと口を挟んでくれた。
その将軍の様子に殿下は慌てた。陛下に忠誠を誓っている将軍の前で言う言葉では無かったと今頃気がついたらしい。
「済まなかった。将軍。悪気はなかったんだ」
「謝るのは私では無く陛下やレナータさまではないかと思われますが?」
「レナータ、済まない。馬鹿な事を言った」
「ヨアキム。なぜ、その女に謝るの? 別にあなたはレナータに謝る必要なんてないじゃない」
「アリス、謝るんだ」
「嫌よ。なぜ? 私、何もしてない」
殿下は目で人を殺せるような将軍の目線に促されて謝罪しようとしたのに、アリスが余計な事を言い出した。しかも彼女が皆の前で殿下を呼び捨てにした事で皆から険しい目が向けられているのに、その事すら気がつく素振りは無い。殿下が自分を庇おうとしたのも分かろうとしてすらいなかった。
このアリスのどこがいいのかと殿下に詰め寄りたくなった。他にも相応しい人はいそうなのに。
「あ、分かった。将軍さんはそこのレナータに同情しているのでしょう? 殿下に振られちゃったから。優しい人なのね。でも大丈夫よ。それに関してはいい提案があるの」
将軍を前にして言い放った言葉に彼女の精神的年齢の幼さを感じた。これは真剣に相手にするでも無いなと放置したくなった。周囲も呆れていた。




