45話・王姪を名乗る女
数日後。私の祖父でこの国の大使でもあるバラムが一人の女性を連れて帰国した。
その女性は曰くありげな人物だったので、宮殿内の皆が注目していた。その女性の噂は近隣諸国にも知れ渡っている。何でもその女性はクロスライト国の王族のご落胤だと言うのだ。
その噂をイヴァンが耳にしたのは半年前で、事の真相を探るために人をやり情報を収集した後で、バラムにその女性を連行するように告げていたのだ。
祖父は上手いことその女性をこの国に連れて帰ることに成功したようだ。その女性は美女だと知られていたので宮殿に仕えている貴族の子息達はそわそわと落ち着きがなかった。
祖父に連れられて謁見室に姿を見せた女性は美しかった。白磁のような白い肌に黒髪、青い瞳の持ち主で長い睫を瞬せ、儚げな容姿をしていた。
イヴァンの見目と対のような麗しい容姿をしている上に、背が高く華奢で胸元は豊かでウエストは細かった。
男性の理想とする女性がそこにいると言っても良かった。その女性がイヴァンと目が合うなり口を開いた。
「初めまして。あなたがイヴァン陛下? なんてかっこいいの。素敵。あたしはタマーラよ。父はアレクセイ殿下なの。叔父様宜しくね」
気さくな態度で言い放ったタマーラの言動に驚くと共に呆れた。彼女の隣にいた祖父もあ然として言葉を失ったようだ。
彼女は私の前世で弟だったアレクセイの娘だと言った上に、まだ陛下から口を開く許可も取っていないのに、自分から勝手に話し出したのだ。
貴族社会ならあり得ない光景だ。社交界では身分の低い者が自分よりも身分が高い者に口を利くことはタブーとされる。
貴族なら誰でも知っていて常識である事を、この娘は知らないようだ。これは他国でも同じ事だ。
この娘の態度は非常識に思えた。イヴァンは不機嫌そうに眉根を寄せた。タマーラはそれを見てびくついた。
「タマーラとやら、どうしておまえは亡きアレクセイ殿下の娘を騙っている?」
「騙るだなんてとんでもない。あたしはアレクセイ殿下の娘です」
「証拠はどこにある?」
「証拠ならここに」
タマーラがそう言って差し出して来たブローチには血痕があり、薄汚れて留め具が折れていた。
「これだけで殿下の娘を名乗るとは片腹痛い」
「信じて下さい。父がこれを母に渡し、私が成人したらこれを証拠として宮殿に持って行くようにと言付けたのです」
「もし、その話が本当ならばなぜ、今頃現れた?」
「それは……母が亡くなったからです。それまでは父の娘だと知りませんでした。母が今際の際で教えてくれたのです」
「おまえは死人に口なしをいいことに偽証しようというのか?」
イヴァンはタマーラがアレクセイの娘なんてとんでもないと言いたそうだった。信じていないように思えた。
「嘘ではありません。信じて下さい。陛下」
「それは誰かに唆されたのか?」
「突然、あたしのような者が現れて半信半疑なのは分かりますが、いきなり疑うなんて酷いです。叔父様」
「おまえのことは姪だと認めておらぬ。騙りならば今、ここで認めれば罪状を軽くしてやっても良いぞ」
「騙りではありません。信じて下さい」
「おまえが本当のことを言えばな」
「嘘は言っていません」
イヴァンの追求にタマーラはめげなかった。そればかりか必死に信じて欲しいと言ってくる。この場を黙って見ているだけの私も少しは信じてあげてもいいような気にさせられたが、イヴァンは認めなかった。




