42話・愛している
「ヴァンさま。眠れそうですか?」
「ま、一晩くらい寝なくとも大丈夫だ。眠くなったら寝るさ」
「それでは体を壊してしまいます」
「唯一、眠れそうな方法があるにはあるのだが……」
「それは何ですか?」
隣で仰向けになっているイヴァンの顔を覗き込むと、腕を引かれて上下が反転した。
「ヴァンさま?」
整った顔が身近にあると思ったら唇を奪われていた。これまで二人の間でキスと言えば、唇を合わせるか啄むような感じの軽いタッチのものだったのに、イヴァンは深くこちら側に入り込もうとしていた。
「……!」
イヴァンのこちらの意志を無視した行動に怖く思われて、彼の胸を拳で叩くとその手首を彼の大きな手で掴まれシーツの上に押し当てられた。
何だか目の前のイヴァンが自分の知る彼とは別人のように思えて怖い。彼の腕の中から逃げ出そうとしたら、長く思われたキスから解放されて息が上がっていた。
「レナ。愛している」
「ヴァンさま」
こちらを真摯な瞳が見下ろしていた。私達の付き合いは長い。イヴァンの考えていることなんてすぐ分かる。
それだけに今、彼が言った言葉には嘘がないのが知れた。
「おまえは余の事を父親か、保護者のようにしか思ってないだろうが、余はおまえを女として魅力的で好ましく思っている。出来ることならおまえと結ばれたい」
「ヴァンさま。早まらないで。変な夢を見たことで気持ちが落ちつかないだけですよ。きっと」
イヴァンが欲情を秘めた目つきでこちらを見ていた。気のせいか鼻息も荒くなってきているような気がする。私はこのままではただでは済まされないような気がした。
一刻も早くこの場から逃げ出したいと思うのに、腕はシーツの上に拘束されたままなのだ。万事休す!
誰かに助けを求めようにも、ここは陛下と王妃の寝室。警護の近衛兵でも邪魔なんてしないだろう。
イヴァンの捕食者のような目つきを前にして、私は動揺する事しか出来なかった。
「おまえは何を言っているのだ? 余の妻はおまえだ。それを愛でようとして何が悪い。それを早まるなとは何事だ」
「だってヴァンさまは女性におもてになるじゃないですか? 私のようなお飾り妻に手を出さなくとも良いのではないかと思いまして」
あなたならば他に幾らでもお相手をしてくれそうな女性が現れると思うからと言ったことで、イヴァンはいらだちを露わにした。
「おまえって奴は……。他の女などおまえの前では皆霞んで見える。食指が動かぬわ」
「ヴァンさまは私のどこがそんなにも良いのですか?」
「全部だ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
私の問いにイヴァンが即答で返事をした。でも、そう簡単に信用出来なかった。
「どうしてレナは自己評価がそんなに低いのだ?」
「だって……。夜会ではいつも壁の花で異性の誰かに声をかけてもらったことはないですし、ダンスのお誘いなんてされた事も一度もなかったですし、私が声をかけようとすると大概の貴族の子息の方々は、それまでちらちらとこちらを窺っておきながら、急に用事が出来たような事を呟いていち早く私から離れていましたし……」
「すまん。それは余のせいだ」
イヴァンは掴んでいた私の腕を放して、隣に寝転がった。私はその理由が知りたくて体をイヴァンの方へと向けた。
「……?」




