41話・イヴァンの後悔
イヴァンの言葉にやはりそうだったのかと納得した。
死んだ時のことを思い出せないと言うことは、それだけ苦しまずに逝けたのではないかと思った。しかし、お間抜けな最期に思えるのはどうしてだろう?
「兄上の時は間に合わなかったから、せめて姉上だけでもと思い、馬を駆らせたのに間に合わなかった……」
イヴァンは後悔に苛まれていた。兄上とはアレクセイの事だろう。アレクセイは第二王子で軍に属していたし、面倒見の良かったアレクセイのことだ。異母弟のイヴァンとも良い関係が築けていたに違いなかった。
「アレクセイさまとは仲が宜しかったのですか?」
「ああ。余の上官がアレクセイ兄上だったからな。余が入隊してすぐに声をかけてきて下さった。優しい御方だった」
「兄弟仲は宜しかったのですね?」
「周囲の思惑はともかく、私達兄弟は仲が良かった。前王妃さまのおかげだ。今は亡き王妃さまが皆、兄弟仲良くするのですよと言って、私と兄上達を引き合わせてくれたおかげで、余はイラリオン兄上にも、アレクセイ兄上にも可愛がって頂いた」
私が領地改革で宮殿を不在にしていた時に、イヴァンは母や兄達と良好な仲にあったらしい。
「しかし、恩を仇で返すことになってしまったとは……前王妃さまらには顔向けも出来ない」
「それはヴァンさまではなく何者かの策謀だったのですよね?」
以前、イヴァンが簒奪は自分が意図したことではなかったと告白していた。そうなるとしたら私達を追いやった者とは一人しか思い浮かばない。
「余の母だ。おまえも知っているだろう? 母が余に王冠を被らせたがった。恐らく愛妾として陛下に都合の良い女扱いされていたから、前王妃に対抗して自分の息子を王位に就け、愛妾としての自分の地位を引き上げて王母として君臨したかったのだろう。馬鹿な人だ」
やはりイヴァンの母だったらしい。彼女は愛妾としての立場に納得していなかったのだ。
「母は王弟の息子や、将軍とグルだった。アレクセイ兄上に冤罪を被せて断罪しようとした。将軍は兄上を一方的に処刑してしまった」
兄上を救えなかった。と、イヴァンは項垂れた。イヴァンの話に出てきた将軍とは、キルサン将軍のことではなく、彼の養父であった先代の将軍の事に違いなかった。
先代の将軍は奥方との間に子が出来なかった。その為、どういう経緯か分からないけど、孤児だったキルサンを養子として迎え入れたと聞いている。
当時の将軍は男気があって女性の噂が絶えなかった。誰でも見境なく女性を口説くせいで、私は彼のほんの挨拶程度の口説き文句を本気にしてしまったことがある。
その将軍はもう亡き人となっているが、今となっては黒歴史で消してしまいたい過去だ。
以前、イヴァンは簒奪劇の首謀者ではなかったと告白していた。彼の様子から簒奪劇は彼の母親と周囲の者達が起こしたもののように思えてきた。
「でもそう悪い事は出来ないものですね。そういった方々は今ではもうお亡くなりになっておられますもの」
「……そうだな」
イヴァンが苦笑する。無理に笑おうとしているように感じられた。
「起こしてしまって悪かったな。さあ、寝るか。レナ」
「はい」
あんな夢を見た後だ。イヴァンはすんなり就寝出来るのだろうか?




