39話・分かり合えなかった父子
「私がアリス嬢を殺す必要がありますか? 動機は?」
「僕がおまえの許婚だったからだ。おまえのせいでこんな目に合わされたからだ」
「あなたはまだ私を疑うのですか? 私は宮殿から一歩も出ていません。それにアリスさんの呼び出しに応じていませんわ」
「おまえが行かなくとも誰かを行かせれば済むことだ」
話が平行線で切りがないと思っていると、それまで黙って聞いていた男が口を開いた。
「滑稽だな。これが仮にも余の息子だったものか? 誰に似たんだ? なあ、キルサン?」
「父上」
将軍は無言だった。答えにくいと言うことだろう。亡き王妃に似たとも言えないし、陛下にはもう息子と思ってないと拒否をされてしまった元殿下だ。
咎人でもある彼をこの場で庇う者は誰一人いなかった。
「ヨアキム。余のことは陛下と呼べ」
イヴァンはヨアキムに近づくと彼の肩を足で蹴り上げた。ヨアキムは横に倒れた。
「しかも余の妻を貶める気か?」
その言葉でハッとヨアキムは陛下を見た。
「連れて行け。キルサン。この者は生かしておいても害にしかならない。毒杯を与えよ」
「はっ」
将軍の動きは速かった。ヨアキムの体を起こし、その場で立ち上がらせる。ヨアキムは恩赦を願い出た。
「父上! お許しを。僕はただアリスを殺されたことで……」
「あの悪女の名など聞きたくもない。悪女に毒されたおまえは見苦しいだけだ」
「父上!」
イヴァンに近づこうとしたヨアキムを、キルサン将軍始め、配下の兵が押さえ込む。ヨアキムは何度もイヴァンを呼びながら退場して行った。
「馬鹿な奴だ……」
「ヴァンさま」
「すまなかったな。レナ。おまえと対面などさせるのではなかった。おまえに不快な思いをさせてしまった」
「私は気にしていません。それよりも陛下の方がお辛いのでは?」
「別に。どうせなら中途半端に馬鹿でいるのではなく、本当に馬鹿な息子であったなら良かった」
「陛下?」
「なあに。気にするな。戯れ言だ。あれがそなたのように賢く育ってくれていたのならこのような思いはしなくて済んだのだろうな」
イヴァンのいつも自信に溢れている目が少し揺らいで見えた。不仲だったとはいえ、たった一人の自分の息子を断罪したのだ。
イヴァンの言葉からは、己の子を断罪せざるを得無かった事への無念さが感じられた。もしも、ヨアキムがイヴァンの言いなりの息子だったなら、父親に反発していても、王太子という自分の立場を理解して行動してくれていたのなら、また違った結末があったに違いない。
イヴァンにも、ヨアキムにも納得出来た結末が。
しかし残念ながらイヴァン父子は最後まで分かり合えなかった。それが非情に空しく思われた。
力なく立ち尽くす陛下の手を、生涯の相棒となる私は黙って握り続けた。




