36話・王位を正統な持ち主に返す為ならば
「陛下。また妃殿下の食事に毒が盛られようとしておりました。それをゲラルドが阻止致しました」
「よくぞ見つけた。ゲラルド、礼を言う。そなた達が毒に詳しい一族で良かった」
イヴァンは執務室で己の侍従長のセルギウスや、王妃レナータに付けた侍従長のゲラルドから報告を受けていた。
「女官が犯人らしいが、どこの家の者だ?」
「イヒター家の者です。半年前に陛下が狩猟帰りに雨宿りに立ち寄られた家で、そこには確かレナータさまと同じ年頃の娘がいたはずです」
「ああ。確かいたな。着飾るのが好きそうな香水臭い娘が。イヒター家と言えば宰相の息のかかった家の者だな?」
「はい」
「今度は宰相派か? 懲りない奴らだ。毒を盛った女官はどうした?」
「背後にいる者の口を割らせようとしましたら自害されてしまいました」
「トカゲの尻尾切りか。奴らの好きそうなことだな。何とも胸糞悪い話だ。王妃となる者を殺せば、今度は自分の娘が王妃になる機会に恵まれると本気で信じているとはいかれている奴らだな」
「そういう者達は歴代の王の時代にもちょこちょこ現れてきたようですし、それらに対抗する為に我ら一族が生まれたようなものです」
「そのおかげで助かったというべきか。それにしても忌々しい」
「陛下。お気持ちは察ししますが、まだ動かれるのは得策ではないと思われます」
「分かっている。セルギウス。もう少し泳がすさ。ゲラルド。レナータのことを頼むぞ。あれは余の希望。レナータにもしものことがあれば亡き義母上にも、アレクセイ義兄上様にも顔向けが出来ない」
「御意。不肖ながらこのゲラルド、命かけて妃殿下をお守り致します」
「うむ。二人とも退出して良いぞ」
こういったことは初めてではなかった。レナータが王妃になってからと言うもの、彼女の周りに悪意ある品物が送りつけてこられたり、毒が食べ物や飲み物に仕込まれることがあった。
それが公にならないのは本人の口に入る前に、ゲラルドや、セルギウスの手の者が見つけて処分してきたからである。
このことをイヴァンや、セルギウス、ゲラルドの三人はレナータには秘してきた。王太子の許嫁だった頃からレナータは、同じ年頃の貴族令嬢達から注目を浴びてきた。彼女がイヴァンのお気に入りとして知られていたのが大きかった。
令嬢方は直接、レナータに何かしてくることはなかった。もしも、令嬢がレナータを攻撃するようなことがあれば、陛下のお気に入りだけに陛下の不快を買ってしまう。そうなれば将来に影響すると考えていたからである。
ところがレナータが王妃になると、それまで不満を持ちながらも様子見状態にいた者達が彼女の命を狙い始めた。
今まで王妃が亡くなっても次の王妃を迎えようとしなかった陛下が後妻にレナータを迎えたことで自分達にもチャンスがあると思わせてしまったのだ。
女性には興味がなさそうに思われた陛下がレナータを妻に欲したと言うことは、彼女の身に何かあれば、次の妃を勧める口実が出来る。
彼らとしては自分達の息のかかった令嬢を陛下の側に侍らせ、子供を産ませて外祖父として実権を握ることを考えていた。娘はその為の使い捨ての駒のようなもの。
イヴァンは深いため息を漏らした。今まで彼は己を戴冠へと導いた者達を、悉く粛正してきた。亡き前王妃に対抗すべく、息子を王にしようとした実の母親を筆頭にその母を支援した前将軍、母の影響を受けた臣下たち。
皆、表向き病死扱いにはなっているがそれはイヴァンの意を汲んだ彼の配下だった現イサイ公爵らが協力してくれて出来たことだった。
「王位を正統な持ち主に返す為ならば、余は何でもしてみせる」
イヴァンは決意も新たに誓った。




