32話・厄介な手紙
イヴァンの話によると、父王は愛妾を閨に招いていても彼女を王妃にする事は全く、考えていなかったように聞こえる。
幼いイヴァンがこの場にいたのなら抱きしめてあげたいような気にさせられた。
「でも余は王妃さまに可愛がって頂いたし、その王妃さまから自慢の姉上の話を聞くのが好きだった。王妃さまは常に姉上の身を案じていた」
私は今更ながら亡き母の心情を思い目頭が熱くなってきた。私は親不孝な娘だった。もう少し、母に会いに来てあげれば良かった。
母娘なりの話があっただろうに。私は大事な母の事まで気が回らなかった。
「どうした? レナータ? 今日はここまでにするか?」
イヴァンが描く手を止め、私の側にやってきた。私は首を横に振った。
「……私はとても恵まれていると思いまして」
「余の境遇を自分の身に置き換えて考えてでもいたのか? レナは優しいな」
イヴァンはカウチソファーに腰を下ろし、私の体を抱き寄せた。イヴァンにはよく抱擁されているがそれが嫌に思ったことは無い。
頼りがいのある男に育ったイヴァンに心を預け、私は過去世で触れあうことが少なすぎた母のことを偲び、静かに涙を流し続けた。
イヴァンの胸の中で泣いて気持ちが落ち着いてから屋根裏部屋を退出した私だったが、陛下に送られて部屋まで戻ってくるとゲラルドからイサイ公爵が訪ねてきていると知らされた。
「イサイ公爵。これに何用か?」
「妃殿下。突然の訪問、失礼致します。陛下もお変わりがなさそうで何よりです」
私が応接間に入室すると、イサイ公爵はソファーから立ち上がり、私の後に続いて入室してきた陛下を見て戸惑うような様子を見せた。
「何かあったのかしら? 公爵。どうぞ座って」
突然、王妃の私を訪ねてくるくらいだから急を要することかも知れない。公爵の反応を見て、もしかしたらヨアキムに関係する事なのかも知れないと思った。
訪ねてきた公爵に着席を勧めると、イヴァンが私の隣の席に座ってくる。てっきり私を部屋に送ったら執務室に戻るかと思っていたのにこの場に居座る気らしい。
「ヨアキムに何か動きでもあったのか? あれのことだからおまえのもとに王妃宛ての手紙でも送りつけてきたか?」
イヴァンはイサイ公爵が私の元を訪れた理由を察したように言った。ところが公爵の話は思いがけないものだった。
「わたくしの元へこのような手紙が届いたのですか……」
公爵が深いため息を漏らしながら懐から一通の手紙を取り出した。その顔には厄介だと書かれているような気がした。
その手紙はヨアキムのものではなく、アリスからのものだった。文面は綺麗な文字が並んではいたが、宛名は「イサイ公爵へ」と、書かれていて差出人名にはアリスとヨアキムの名前が並んでいたが、恐らくアリスが勝手に書いた物と思われる。




