31話・非情な父王の一面
それから数週間、何事も無く過ぎた。
イヴァンは屋根裏部屋の存在が私にばれたことで、あの後、すぐにアトリエに改装し、開き直って執務の合間に絵を描くようになっていた。
その為、モデルとなっているこちらは、キャンパスに筆を走らせるイヴァンの為に、カウチソファーの上で寝そべるポーズを取らされて、身動き出来ないのが辛い。そんな私の心境など知らず、イヴァンは機嫌良く言う。
「これはいいな。執務の合間に夫婦の時間も持てる」
付き合わされるこちらとしては大変、苦痛な時間です。陛下。イヴァンは上着を脱ぎ、シャツにスラクスという身軽な格好になっていた。
「ヴァンさまはいつから絵を描くようになったのですか?」
「そうだなぁ。五つの時か」
「えっ? そんなに小さな時からですか?」
前世の私が初めて母の部屋で彼に出会った年ではないか。
「亡き王妃さまが、余が絵を描くのが得意なことを知って、スケッチブックと絵筆を与えて下さったのだ。王妃さまはお体が弱くて、寝台から起き上がれない日も度々会ったから、余が代わりに外に出て庭園の様子を描いてお見せすると大層、喜んで下さった。あの頃はイラリオン兄上は執務、アレクセイ兄上は軍隊で体を磨くのに忙しくてなかなか王妃さまのもとをお伺いする時間がなかったから王妃さまもお寂しい様子でな」
イヴァンの言葉に母の最期を思い出して申し訳なくなる。私が城に帰ってきて数年後、母は亡くなった。
私が父王と喧嘩して宮殿を出たことも、気にかかっていたのに違いなかった。
「王妃さまを慕われていたのですね?」
「ああ。あの御方は余の命の恩人だ。あの御方がいなかったなら余はこの世に生まれていなかったし、実の母にも虐待されていたから、それを見咎めた王妃さまが保護して下さらなかったら、余はこうしてこの世に存在していたかどうか分からないだろうな」
何となくそんな感じはしていた。イヴァンの母は父王に取り入りながらも宰相や、将軍も寝室に招いていたと聞く。幼い息子の面倒など人任せで、自分では面倒を見ていたようには思えなかった。
イヴァンは寂しい少年時代を送っていたに違いなかった。だからだろう。私は宮殿に戻ってきてから実母と、異母弟と過ごすことが多かった気がする。
イヴァンは面倒見の良い母や、私を慕って常に側にいたのだ。
そこで気になったことがあった。父王は私が宮殿に帰ってきて会いに行くと必ず愛妾を侍らせていたが、そこにはイヴァンはいなかったような覚えがある。
父はイヴァンをどう思っていたのだろう?
「虐待だなんて酷い。父王さまは助けては下さらなかったのですか?」
「余は父王に望まれた子ではなかった。父王は先進国と縁続きになる為の駒として王女を欲しがっていた。父王にはすでに王妃さまとの間に王子が二人いたし、余が生まれた時に、乳母らには王位継承の争いの種となる王子はいらぬ、処分しろと命じたらしい」
「そんな……!」
父王の非道な部分を垣間見た気がして背筋が寒くなった。
「それを王妃さまが聞きつけて陛下を諫めて下さった。陛下は勝手にしろと王妃に任せたそうだ。馬鹿な母親は王子を産んだ事で自分は王妃に成り代われると思い込んでいたようで、俺の顔を見る度におまえのせいでとよく詰られた」
「そうだったのですか……」
ソニアだった時の私が見えてなかった出来事だ。父王に望まれず邪魔者扱いされていたとは。それでも父の側に居続けた愛妾の執念深さには恐れ入る。




