30話・けして無くしてくれるなよ
心の中で泣く泣くイヴァンに返すしかないと思った時だった。意外にも陛下に言われた。
「それは姉上が生前記していたノートだ。おまえにやろう」
「えっ? 良いのですか?」
「おまえは何となく姉上に似ている。姉上と似たような考え方の持ち主だ。姉上の心情をおまえがもっとも理解出来るのでは無いかと思う」
「ヴァンさま」
イヴァンは私を見つめた。その真っ直ぐな視線に戸惑う。ソニアに似ていると言われてばれたのかと思った。
「姉上もその方が嬉しいだろう。嫌っていた余よりは、その妻に持っていてもらった方が安心出来るかも知れぬ」
イヴァンの言葉にうん、うんと、頷いた私だったけど、嫌っていたと言う言葉には齟齬を感じた。嫌っていたのはそちらでしょう?
まあ、いいか。そんなことよりもまずはノートだ。早く処分してしまおうと思っていたら「大事にしてくれよ」と、言われた。
「それは余にとって形見の品のようなものだ。けして無くしてくれるなよ」
「……はい」
イヴァンはどこまでこのノートに目を通していたのだろう? 聞いてみた。
「このノートにはどんな事が書かれているのですか?」
「ほぼ愚痴と思えるような事が書かれていたりするが、大体は生前に成し遂げられなかったことへの未練だ」
「未練?」
イヴァンは私の恨み言を未練と受け取ったようだ。「姉上が生きていればもっとこの国は発展した。余は姉上が生きていたならば成し遂げていたような事を代わりに行っている」
「では今までのヴァンさまが行ってきた政策は……?」
「もちろん余の意見も反映されているが、きっかけや動機はこの姉上のこのノートにある」
ソニアの恨み辛みノートで政策改革? 私の転生した後のこの国の繁栄が大きいのはソニアがきっかけ? だとしたら私の死も無駄では無かったということ。
少しは無念に思われたことも救われるような気がした。でも、政敵の意見を取り入れてきたってこと? それっておかしいような気がした。
これでは簒奪までしておきながら、幽閉していた相手の政策をちゃっかり頂いたようにしか聞こえないのだけど?
「でも、ソニア王女は陛下とは敵対していたと聞きました。その御方の政策を参考にするのですか?」
非難の目をイヴァンに向けると、イヴァンは深いため息を漏らした。
「おまえには話しておこうと思う。バラムも知っていることだがな」
そう前置きしておきながらイヴァンは告白した。
「余は反王制派の旗印にされたが、その事は余には伏せられていた。余が全てを把握した時には事が終わっていたのだった」
イヴァンの告白は私を打ちのめした。




