29話・証拠隠滅!
「私の代わりに描いて下さい。私はこうして見せてもらえるだけで嬉しいですわ」
「そうか。レナは何が好きだ?」
「私の好きな物ですか?」
直接、こういう風にイヴァンに聞かれるなんて初めてのことだと思う。今まで私の意見なんてこの人は聞いてくることがなかったのだ。
「今度、それを描いてやろう」
「じゃあ、猫を描いて下さい」
「猫?」
「はい」
イヴァンは怪訝な顔をしたがそればかりは譲れない。猫好きの私としては、四つ足の生き物を上手く描きたいのに描けなくて悲しい思いをしてきたのだ。
「つまらんな。そんな物よりもやはりおまえを描いてやろう」
「猫はつまらなくなんてないですよ。可愛いでは無いですか。見ていて退屈しないし」
「猫よりもおまえが可愛い。おまえの方がいい」
「はああ?」
なんですと? あの可愛い生き物をつまらない? むっとしていると、陛下が目の前に立っていて顎を取られた。顎の下を撫でられる。
「ヴァンさま」
「こうしていると機嫌が良くなるかと思ってな」
「それは猫だけです」
猫は顎の下を撫でられると気持ちよさそうにする時があるけど、自分は人間ですからと言えば陛下は笑った。
「気まぐれな部分といい、余に平気に噛みついてくる部分といい、おまえの行動は猫のようなものだがな」
余にとってはおまえは猫のようなものと言われて複雑な思いだ。愛玩物と言われたような気がした。
「今度、おまえを描いてやろうな」
「結構です」
「遠慮などするな。そうだ。余の描いたおまえの絵を寝室に飾ることにしよう」
「気持ち悪いですよ。自分の肖像画に見つめられて寝るだなんて」
「じゃあ、姉上の絵を掛けるか?」
「遠慮します」
即決で断ると、イヴァンがシュンと項垂れたように見えた。
「あのヴァンさま?」
「なんだ?」
声音に不機嫌さが感じ取れる。厄介な御仁だ。ため息をつきつつ、提案してみた。
「自画像とかではなく、風景画の方が好きです。心が安らぐような気がするので」
「分かった。寝室には風景画を掲げよう」
自画像を描かれるのはどうにか避けられたと思っていると、イヴァンは引き出しの付いた机から何かを取り出してきた。
「レナ。おまえにもう一つ伝えておこうと思う。これは亡き姉上さまの……」
「あ──!」
イヴァンが引き出しから取り出してきた古びた一冊のノート。それを目にして私はひったくった。ノートの表紙に見覚えがある。それは前世、私が幽閉されていた先で書き残した物だ。
──証拠隠滅!
その思いに突き動かされて陛下の手から奪い取るような形となった。
「れ、レナ?」
「その……、あはっ。あはは」
驚く陛下を前にして苦笑いしか出ない。
「わ、私が昔、無くしたノートかと思いました。でも違ったみたいですね」
慌ててペラペラノートをめくってみせる。中身の確認だ。やはり私が亡くなる前に思いのままに書き綴った物だ。
生まれ変わって見つける事になるなんて。しかもそれがイヴァンの手に渡ってただなんて気まずくて仕方ない。だってイヴァンサイドへの恨み言も満載で記載していたはずだからね。




