28話・そちらには恵まれませんでした
「どうだ? レナータも姉上は素晴らしい御方だと思うだろう?」
「……そうですね」
「レナにも出来ることなら、会わせてやりたかった」
イヴァンが遠くを望む目をしていた。どうしてイヴァンがそのような目を、ソニアに対して向けることが出来るのか分からない。
生前は特に政変が起こったときは、お互い天敵同士で争ってきたではないか。イヴァンの神経を疑う。
「この間、私は陛下が誰かに話しかけているような声を聞きました。それってまさか……」
「時々、この姉上の肖像画に向かって語っているのだ」
イヴァンが気まずそうな顔をして教えてくれた。やはりそうだったのか?
馬鹿なイヴァン。この絵に話しかけてもソニアの魂はここにありません。なぜなら今生でレナータとして転生しているんだからね!
こんな事、心の中でしか言えないけど。それにしても良く描けている。誰に描かせた絵なんだろう?
「それにしてもこちらの絵は良く描けていますね。この絵はどちらの絵師が?」
「誰かに描かせた訳ではない。余が暇つぶしに描いた物だ」
「陛下が? お上手なんですね」
油絵のソニアの肖像画はよく描かれていた。てっきりイヴァンに命じられて、画家が描いた物と思っていたら違ったようだ。
イヴァンにこんな才能があったなんて知らなかった。
「余の子供の頃の夢は画家になることだった。それを応援してくれた人もいたのだ。もういないけどな」
「応援していたのはどなたですか?」
「ソニア王女の母上さまだよ。愛妾が産んだ余を可愛がって下さった。実にお優しい御方だった」
イヴァンは懐かしむ表情を浮かべていた。言われてみればイヴァンとも出会ったのは、母の部屋だったと思い出す。
「余は王冠を被るよりも、出来ることなら画家になりたかったのだ。叶わぬ夢となってしまったがな」
「……」
イヴァンが寂しそうに言うので、大きな子犬を見ているようで頭を撫でてやりたくなった。
「これから幾らでも描けば良いじゃないですか」
「レナ?」
「屋根裏部屋を改造してアトリエを作られたら如何ですか?」
「……! なるほど。レナは止めないのか?」
「どうしてですか? 陛下は常に執務でお忙しくしておられるのですもの。趣味の一つや、二つお持ちになっても良いと思います」
「そうか、そうか」
私の言葉にイヴァンは満面の笑みを浮かべた。
「絵を描くなんて無駄なことだと言われるかと思った」
「そのようなこと言いませんよ。私でさえ、侍従長から趣味を持っては如何かと言われております」
「では一緒に絵を描くか?」
「それはお断り致します」
「何故だ?」
「下手だからです」
陛下から共通の趣味を持つかと言われて即、断った。冗談じゃ無い。絵を描くのは苦手なのだ。苦手を通り越して嫌いになっている。
「何でもそつなくこなすレナにしては珍しいな。絵に上手いも下手もないぞ」
「そういうのは陛下がお上手だから言えることですわ」
私は子供の頃から芸術方面には才能に恵まれなかった。猫や犬や馬を描いても四本足の何かにしか見えないし、花を描けば色が滲んだ何かにしか見えない。
祖父達は「上手だよ」と、褒めてくれたけど、それは孫可愛さに言っていたことだと、その後の屋敷の使用人達の反応で分かってしまった。
使用人達は私に絵の感想を求められて、「随分と個性的な作品ですね」と、主人の孫娘に対し、無難な答え方をしていた。




