240話・十年後
それから早いもので十年が過ぎた。執務室の窓の外から明るく弾けるような子供達の声が聞こえてきた。
「もういーい? かくれた? リーザ?」
「キャー、だめ。だめ。サーシャ、まだかくれてないっ。」
「はやくー。まだ?」
「もうちょっとまって。まだだってば!」
澄み渡る青い空の下、広く迷路のように入り組んだ庭園の中で二つの黒い頭が見え隠れする。娘達がキャーキャー、笑い声をあげながら隠れんぼをしているのだ。
もうじき十歳になる姉のアレクサンドラと、妹のエリザベータだ。二人は双子で自分に良く似た容貌をしていた。
二人が生まれた時は、何も自分に似た顔が二つも並ばなくとも、と不謹慎にも思ってしまった。どうせなら一人はレナータに似た容貌を引き継いでくれてもよかったのにと。
しかし、初産にかかわらず一晩かけて二人も赤子を産み落とすという大仕事をやり遂げたレナータには感激した。彼女の手を握りしめて感謝した。
この日から天使が二人やって来たことで宮殿の中は一気に騒がしくなったが笑い声が増えた気がする。
その二人は今、隠れんぼに夢中。ドレスには木切れや葉っぱがくっついている。きっとこの後、女官長らに注意されるパターンだろう。二人は好奇心旺盛でちっとも落ち着いていない。
その為、つい最近までは悪戯を思いつき、ふたりで女官長を初めとした使用人達に後ろから近づいて驚かせたり、膝裏を押して相手が姿勢を崩すのを面白がっていていたが、それを見つけたレナータに叱られていた。
可愛らしい悪戯には思えるが、仕事中の皆を邪魔してはいけませんと大好きな母親であるレナータにきつく言われてからは、皆の仕事を邪魔しないようにしているようだ。
二人はやんちゃだ。自分が子供の頃は大人の顔色を窺い、思ったことの半分も言えなかったような気がする。レナータにしても本人はソニアの記憶があったから等と言うが、大人びた娘だった。
そのせいか二人の娘達はありのままの姿であるのが見て取れ自然と頬が緩む。
二人が笑いながら隠れんぼしているのを注目しているとこちらの視線に気がついたのか、アレクサンドラが顔を上げた。あっという反応を見せて、笑顔で手を振ってきた。それにつられたようにエリザベータも手を振ってくる。
「おーい。おとうさまっ」
「おとうさまぁ。おしごとおわった?」
庭園にいる娘達がこちらに気がついて手を振ってきた。それに振り返しながら振り返るとセルギウスと目が合った。セルギウスには言わなくとも通じたようだ。
「休憩でございますね?」
「二時間ばかり抜ける」
「二時間で宜しいのですか?」
「娘達によるな」
「畏まりました」
庭に出ると予想通りアレクサンドラが駆け寄ってきた。エリザベータは何やらしゃがみ込んでいた。
「おとうさまー」
「ちゃんと勉強は済ませたのか?」
「うん。かだいはすませたからせんせいがあそんでおいでって」
「そうか。先生を困らせたりしてないか?」
「サーシャとリーザはいいこだもん。もうそんなことしないよ」
以前、教師の背に氷を入れてびっくりさせたことがあり、それを母親のレナータに叱られたのが堪えているようだ。良い子ぶる口ぶりが可笑しかった。
一方、エリザベータの姿が見えないと思っていると、少し離れた場所でしゃがみ込んで何かを見ていた。
「サーシャ。どうした?」
「ありのぎょうれつ!」
エリザベータを上から覗き込むと必死に蟻の行進を見ていた。
「おとうさま。これってどこにむかっているの?」
「さあな」
エリザベータが聞いてくる。政務のことなら何でも答えられるが蟻の生態については全く知らない。
子供というのは好奇心が強く何でもあれこれ聞いてくるが、それは自分にはそんなに気にしてなかったり、目にも留めてなかったものだったりする。
子供の目というのは大人よりも観察力に優れているかも知れないなと思うときがある。
「おとうさまにもわかんないの?」
「わからないな。いっしょについていってみるか?」
「うん」




