24話・それは私に失礼です
「愛人を囲っているかもしれないとは思いましたけど、よく考えたらイヴァンさまならもっと上手くやりますよね? 先々代の陛下のように、正妃と愛妾が一緒の屋根の下にいるような状況を作るわけがないですものね」
つい、当てつけのように言ってしまった。イヴァンの先代の王はソニアの兄だったイラリオンだから、先々代の王とはソニアの父を指す。
歴代の王達でさえ、愛人には別宅を与えていたと言うのに、父王は宮殿内に愛妾の部屋を宛がってしまうほど晩年は愚王と化した。
年老いた自分のすぐ側に愛妾を置きたがったのだ。老いらくの恋に夢中になっていた。子供の頃は頼もしくて誇らしく思っていた父王が、愛妾に溺れているさまは醜いとしか思えなかった。
その愛妾はイヴァンの母だった。
「余をけしかけようというのか? 無駄だ。おまえを愛でるのに忙しくて他の女を気にかける暇も無い」
イヴァンは真剣な顔をして言う。残念ながら浮気の可能性はなさそうだ。
自分の予想が外れてガッカリしていると、陛下が「もう気が済んだか?」と、聞いてきた。
「ここにいても何も面白いものなどないぞ」
イヴァンの素振りから早くこの部屋から出て行って欲しそうな感じを受ける。あっさりするほど何もない部屋なのに何かが引っかかっていた。
あの日、私が聞き耳を立てていた時に聞こえてきた声はイヴァンのものだけだった。誰かと会話しているように思ったけど、もしかしたら……?
イヴァンと目が合うと、彼は一瞬、ちらりと視線を動かした。無意識の行動に思えた。
イヴァンの反応を窺いつつ、周囲に目をやるとやはり彼はあちこちに視線を泳がすが、ある所だけ不自然に見ないようにしていた。
彼が目線を向けないようにしているものは布がかかった鏡らしき物。ふいに悪戯心が湧いて布に手をかけると「あっ」と、イヴァンが声を漏らした。
やっぱりこれに何かある?
思い切り布を引き剥がすと、鏡だと思っていた物は一枚の絵画だった。
「えっ!?」
しかもそこに描かれていた者を見てあ然とした。その人物は私が最も良く知っている人物。本人は自画像を嫌っていた。こうして世の中に自分の絵が残されているなんて考えてもいなかった。
愛想が無いばかりか、憤りを露わにした若い女性の絵。気の強そうな顔をしていて洋紙を手に、眼光鋭くこちらに睨みを効かしている。
前世の私、ソニア王女だった。
「こ、これは……? どうして?」
「おまえは知らなかったな。この御方は摂政姫と呼ばれていたソニア王女。余の姉上だ。名前くらいは聞いたことがあるだろう? 余とは異母姉弟だった御方だ」
「……」
嬉々として紹介されなくとも良く知っておりますとも陛下。それ、私の前世ですから。
それにしてもイヴァンはどうして嬉しそうに言ってくるのかしら? まるで慕っていたみたいに。
「おまえから見てこの女性をどう思う? 恐ろしいか?」
「別に恐ろしくはありませんが?」
イヴァンの問いは意味不明だった。恐ろしいとは何だ。あなたにとってソニアとは化け物か何かなの? 仮にもあなたの姉だった私に対して失礼な。




