239話・永遠に
数ヶ月後。レナータと宮殿を見上げていた。これから自分達は水上の都レナータにある新宮殿へと移り住む。この宮殿は別荘となる予定だ。避暑地として扱うことになるだろう。
自分にとってはあまり良い思い出のない場所だが、レナータにとっては感慨深いものがあるらしく、すぐにその場から動こうとはしなかった。
きっと亡き両親や兄弟達のことを思い浮かべているに違いなかった。
しばらくの間、黙祷を捧げるように目を瞑っていたレナータが目を開ける。
「レナータ。もういいか?」
侍従達も準備が終わり自分達が馬車に乗り込むのを待っている。声をかければレナータは顔を上げた。
「ええ」
「ここを手放すわけじゃないし、また季節の変わり目に来ることになると思うぞ」
別に永遠の別れではないからなと言えば、レナータは頷いた。彼女は今、何を思うのだろう。
レナータの存在を知った時には、兄上の子を何としても守ると心に誓った。自分が望んで得た王位ではない。簒奪という醜い手で載せられた王冠を正統な王へと引き継ぐ責任があると思って、その為の要となるレナータの成長を見守ってきた。
六歳の時に再会したときは、よくぞここまで大きくなったと父性愛のようなものが湧いた。亜麻色の髪に菫色の瞳をしたレナータは可憐で可愛かった。
その彼女を息子のヨアキムの許婚としてからも娘のように思ってきた。まさかそのレナータを妻に迎えるなどとは、あの頃の自分は想像もしてなかっただろう。
レナータを女性として見始めたのは、婚約破棄があってからかもしれない。あの一件がなかったなら彼女はこのままヨアキムと夫婦になり、今頃自分とは適度な距離を置いて生活していたに違いない。
それが今や自分の妻だ。しかも数奇なことに彼女は義姉ソニアの生まれ変わりときた。なかなかこのような体験は誰にも出来ないものだろう。
傲慢にも自分には、ソニアはきっと自分に愛されるためにレナータとして生まれ変わったのだとしか思えないでいる。
「さあ、レナ。行くぞ」
「はい」
今まで自分は恋愛が出来なかった。側にそんな対象者もいなかったせいもあるが、女性を愛するのが不得手だったような気がする。
心のどこかに住み着いているソニアという存在を思い出すと、目の前の女性が急に褪せて見えたからだ。
それがレナータを前にすると何も変わらなかった。そればかりか逆に目が離せなくなっていた。初めはレナータがアレクセイ兄上の子だから心配になるのだと思っていた。
しかし、レナータと共にいる時間が増える度に、彼女の笑顔を守りたいと思うようになっていた。
ソニアを愛せなかった分、レナータを愛し慈しもう。
手を差し出せば、愛らしく微笑む愛妻がその上に小さな手を重ねてきた。
この手はもう二度と離すまい。死が二人を別つまで共にいよう。永遠に────。




