232話・本物はキルデア修道院で眠っている
書状を持って再びバラムがアルシエン国王の下に立つ。今度こそ我関せずとは行かないことだろう。
バラムに促されて退出するロディオンを見送ってレナータが言った。
「ヴァン。ブリギットのことだけど、あの人が偽者なら本物の彼女はどこにいるの?」
「本物はあのキルデア修道院で眠っている」
「えっ……?」
レナータのその反応から、本物のブリギットが亡くなった時のことを話していなかった事に気がついた。自分のなかでは言ったものと思い込んでいた。
「前に言ったよな? 余が負傷した時、修道院に担架で運ばれた所を狙って襲った者がいると。その者から身を挺して庇ってくれたのがブリギットだったと」
「ええ」
そこまでは伝えていたようだ。その話には続きがあることを伝えた。
「ブリギットは余を庇ったことで横腹に傷を受け、その傷が元で一年後に亡くなった」
「そんな……。じゃあ、あの人はいつから?」
そうなるとあの偽者は、いつからブリギットに成りすましていたのかと言いたいらしい。
「翌年、キルデア修道院は火事に見舞われている。当時の修道院の院長はご高齢で逃げ遅れたらしい。他にも修道女が沢山亡くなったと報告にある。新しく修道院を建て替えるのと同時に、院長も代わり修道女達も新たなメンバーに代わったと聞くからブリギットに成り代わるとしたらその時だろうな」
「あなたを狙った相手が、あなたの命を助けた者に成り代わるなんて変な話ね。アルシエン国王はその事を知っていたのかしら?」
「偽者のブリギットが毒を煽ろうとしたぐらいだ。彼女を送り込んだのはアルシエン国王とみて間違いないだろうな」
「アルシエン国王がブリギット王女のなりすましを認めていた? 自分の妹を刺した相手を? おかしくない?」
確かに彼女の素性を影達に探らせようと思った時には不思議に思ったものだ。
「まさかアルシエン国王は何らかの理由でブリギット王女を邪魔に思っていた? もしかしてイヴァンを狙っただけではなくブリギット王女も狙っていたの?」
これから話そうと思っていたことを先に言われてしまった。話の流れを聞いただけで察してしまうとはレナータの頭の回転の速さに恐れ入る。
「おまえは賢いな。その通りだ。レナ。おまえには皆まで言わなくとも分かってしまう。ブリギットには許婚がいたと言っただろう?」
「ええ。その方は亡くなったのよね? イヴァンの配下だったって言っていたわよね?」
「ブリギットは先代のアルシエン国王の娘として公の場で認められなくとも、父王は気にかけていたようだ。彼女は母と平民として隣国であるクロスライト国に逃れてきたが、そこで出会った男と婚約した。ブリギットは彼の死によって、アルシエン国と小競り合いが続いて来たのを哀しみ、終結させようと立ち上がった。自分がアルシエン国とこのクロスライト国の架け橋となればと密かに活動を行っていた。それを兄王子が良く思ってなかったらしい」
「ブリギットは素晴らしい人だったのね。今も生きていたならアルシエン国と、クロスライト国の為に色々と手を尽くしてくれたでしょうに……」
レナータが残念そうに言う。同感だ。それなのにどうして間者に彼女の名を名乗らせたのかとレナータは訝る。




