231話・一度だけ機会を与えよう
それを聞いてレナータは憤慨した。
「何それ? トカゲの尻尾切りじゃない。こちらを馬鹿にしているわ。何だと思っているのかしら?」
「本当にな」
「イヴァン、悔しくないの?」
「呆れて言葉も出ぬ」
アルシエン国への使者にはバラムを送っていた。そのバラムから返事を聞いたレナータは相当憤っていた。
「ヴァン。軍隊の次の演習場所は決まったわね?」
「ああ。アルシエン国に狙いを定めるか?」
「妃殿下。陛下。そのような物言いはお止め下さい。冗談に聞こえませんから。それに……」
そう言いながらこの場にいるロディオン王子をちらりと見やった。絶妙なタイミングだ。
「冗談など言っておらぬぞ。余は本気だ」
「妃殿下。陛下をお止め下さい」
「止める必要があるかしら? こちらにはロディオンという人質もいるし、丁度良いのではない?」
レナータが可愛い顔して好戦的な態度を見せれば、ロディオンは顔を引き攣らせていた。
「まさかとは思うけど、ロディオン王子も偽者とか言わないわよね? だからアルシエン王は王子がどうなろうと構わないと考えているとか?」
「レナ。それは殿下に対して失礼だぞ」
「だってあまりにもこちらを逆なでするような態度なんですもの。ロディオン王子の腕の一本や二本、送らないと気が済まないわ」
にやりとレナータが笑う。ロディオンは血の気が引いたような顔をしていた。
「ロディオンさま。今度はあなたさまから兄上さまに言上、申し上げてみては如何でしょう? 我が王はそちらの国にも噂が届いていると思いますが苛烈な御方。その御方を止められる唯一の御方までもがお怒りになっている。このままではアルシエン国にいつ、攻め入るか分かりません。有言実行の方々ですから」
このままではあなたの国ばかりか、あなたの命も危ういですよと、好々爺にしか見えないバラムに言われてしまっては後がないように感じられたのだろう。ロディオンは神妙な態度で言ってきた。
「済まない。イヴァン陛下。妃殿下。もう一度、私から兄上には事情を説明する。私はどうなってもいいから、どうか、我が国に攻め入るのだけは許してくれないか?」
「一度だけ機会を与えよう。もしも、アルシエン国側の対応がこちらの望むものでなかったのなら、貴殿の首をもらい受ける」
「畏まりました」
「では王子、さっそく書いて頂けませんか? 用意ができ次第、すぐにあちらの国へ向かいますので」
「済まないな。大使。面倒をかけるが宜しく頼む」
ロディオン王子は大人しく従った。少しはごねるかと思ったが、我々の怒りに触れて怖じ気づいたようだ。でもこの流れはバラムと計画した通りだ。
アルシエン国がすんなり受け入れるとは思わなかったので、突き返されるのは想定内のこと。そうなった場合にはロディオンに一筆書かせ、バラムにある書状と共に持たせることになっていた。
宰相は秘密裏にアルシエン国王と手を結び、協力の見返りとして、我が国の領土の一部を譲渡することを約束していた。
そしてそれを書状に記し、アルシエン国王との間で取り交わしていた。宰相としてはアルシエン国が裏切った場合を考えていて残しておいたのだろうが、その事が自分の首を絞めることとなった。




