230話・ロディオン王子は知らなかった
「姉上が? 嘘だろ? 姉上がそんな事をするはずがない。姉上、クロスライト王の話は何かの間違いですよね?」
ロディオンは目の前の女性をブリギットと信じたいようだった。
「王子は知らなかったようだな? このブリギット王女は、アルシエン国王の配下の者。余の命を狙うべく送られた暗殺者だ」
「不躾に何を言う? 兄上の命だと言いたいのか? 姉上はけしてそのような御方ではない。信仰深い御方なのだ」
「年の離れた王子だからばれないとでも思ったのか? 上手く手懐けたものだ。ブリギット王女」
「姉上を愚弄する気か?」
「何十年も前の事とはいえ、余も自分の命を狙った者の顔は見忘れたことはない」
自分の言葉で確信したのだろう。レナータが言った。
「あなたは何者なの? ブリギット王女を騙る偽者さん?」
「偽者?」
反応から見るとロディオンは知らなかったようだ。彼が慕っていた姉はすでに亡くなっていて、偽者が入れ替わっていたことを。
「驚くのも無理はない。余がアルシエン国との小競り合いで怪我をして、修道院に担ぎ込まれたときに襲いかかってきたのはこの女だった。この女から身を挺して庇ってくれたのはブリギットだ」
「酷い。ブリギットさんになりすましていたなんて」
「姉上ではない……?」
レナータは自分から聞いていた本物のブリギットの事が頭を過ぎったのだろう。ブリギットを名乗る女が間者で命を狙っていながら、厚かましくも本人になりすましていたと聞き批難した。
ロディオンは姉と慕っていた相手が偽者と聞き愕然としている。
「何をする気?」
「捕らえよっ」
正体がばれた偽者ブリギットは胸元に手をやる。それを見たレナータは驚きの声を上げた。偽者ブリギットはもはやこれまでと観念したのだろう。急ぎ捕らえさせた。
「服毒する気だったのか? 余にばれたなら死ねとでも王から命じられていたのか? 簡単には死なせぬ。おまえには色々と吐いてもらわねばならないからな」
連れて行けと顎をしゃくると、彼女を捕らえた間者が速やかにその場から連れ出した。
その後、宰相を拘束して拷問すると、協力者たちが明らかになり次々と牢屋送りにした。やはり宰相は自分を王位から引きずり落とし、前イサイ公爵(亡き前王妃の父)を新しい王にと目論んでいたらしい。
アルシエン国とは密かに手を結んでいて、この計画に協力を取り付けていた。それが果たされた場合には、我が国の領土の一部を譲渡する約束となっていた。
その事が明らかになり、抗議の使者を送ったがアルシエン国王は認めなかった。そればかりか「何もやっていないのに冤罪を吹っかける気か? そちらにいるロディオン王子にもどのような罪を被せられるか分からない。貴国に弟王子をおいてはおけない。帰して頂こう」と帰国を求めてきた。
あくまでも王子はブリギットという女に騙され片棒を担がされていただけとして自国でその件については取り調べを行う。
その王子を誑かしたブリギットという名の女はそちらで煮るなり焼くなりして構わないと言うものだった。




