224話・眠れる獅子
その後自分はブリギットの護衛兵の配下の者に身をやつしていた。配下の自分達はブリギットを遠目に警護する役目を持っていた。
どうもブリギットの側付きを許されている護衛兵はただの護衛ではなさそうだ。口の利き方に雑なものはあるが、配下の者を指揮するのに慣れていることから特権階級者に思える。
流暢にクロスライト国の言葉を話してはいるが、他国の者のように感じられた。他国人を護衛に持つブリギット。本物の彼女ならばあり得なくもないが、ブリギットの側にいる年若い護衛が彼女を実姉のように、慕っている事が不思議でならなかった。
デミートと名乗る彼は彼女を姉のように信じ込んでいた。それとなく探りを入れると、彼はアルシエン国の第三王子だと言うことが分かった。
宰相がアルシエン国と繋がりを持っているのが知れた。アルシエン国はきな臭い国だ。以前、国境付近で揉めたときもこの国の関与が認められたのに、その手がかりを掴もうとすると、煙のように巻かれてしてやられた感があった。
偽者ブリギットはアルシエン国が潜り込ませてきたのに間違いはなかった。そのアルシエン国の息がかかった女を自国の王の側に置きたがる宰相の神経が信じられなかった。
彼はレナータが先の王の血を受け継いでいるとは知らないからこのような事を企んだのだろうか? 今までの彼のやり方を見ていると杜撰に思われた。何ふり構わずレナータの息の根を止めに掛かったとしか思えない。
でもそれではまるでレナータの素性を知っているが上に阻んできたようではないか?
宰相の企みがよく分からないうちに事が動くことになった。
ある日、執務室を訪れたレナータが自分の影武者とブリギットがキスをしているのを目撃し、逆上して山城を飛び出した。無謀にもブリギットの側付きの護衛兵を連れて。本拠地に乗り込んだレナータの胆力に恐れ入った。
そしてそんな女が自分の惚れた相手なのだと思うと可笑しくてならなかった。
「お久しぶりですね。宰相」
「妃殿下。ようこそ起こし下さいました」
宮殿に乗り込んだレナータは、出迎えた宰相を冷たく一瞥した。その目には王者としての堂々としたものが感じられた。これで宰相は気がつくだろう。眠れる獅子を起こしてしまったことに。
デミートの配下として後に続きながら、わくわくとした思いを隠しきれなかった。
「宰相。お招きありがとう」
「はて。どういうことでしょう?」
「あなたの予定では私を攫ってここに連れてくることになっていたのではなくて?」
さすがはレナだ。もしもそれが実行されていたのならもちろん彼女を保護し、宰相一味を取り押さえることになっていた。
その計画を潰したレナータは、宰相を睨み付けた。宰相の顔の面は厚い。このような追及では揺らがなかった。
しかし、その一言は計画を知らない女官らには聞かせたくなかったようだ。慌てて応接間の方へと促そうとする。それをレナータはぴしゃりと拒んだ。
「お客様ではないのだから執務室にしてくれる?」
「畏まりました」




