221話・馴れ馴れしい女
寝ているブリギットの部屋を辞すると、共に見舞ったセルギウスが聞いてきた。
「陛下。あの者は如何なさいますか?」
セルギウスは影の長だ。ブリギットが死んだことを知る者の一人でもある。初めからブリギットを見て彼は警戒していた。
「あれには余の影武者を与える。場合によってはどんな手を使ってでもいい。あの女の気を惹くようにと伝えろ」
「陛下、あなたさまはどうなさいますか?」
「あの女が連れてきた配下の者に紛れてあいつらの思惑を探る」
「そういうことは我々にお任せ頂きたいのですが?」
主自ら危険の中に飛び込んでいかなくともと眉根を潜められる。承知の上だ。
「いくら芝居でも偽ブリギットの気を惹くふりをしたくない。レナータに嫌われたくない」
「あなたさまって御方は……」
セルギウスは呆れたように呟いたが「御意」と応えた。
そして翌日からブリギットの護衛の一人に成りすます事に成功していた。そうとは知らないブリギットは会食の席で馴れ馴れしかった。
まるで恋人のように腕を絡めてくる。それは後で姿を見せたレナータの前でも変わりなかった。
「おはようございます。陛下」
「ああ。レナ。夕べは遅くなったからおまえに伝え忘れたが、しばらくブリギットはこの城に留め置く」
「お客様としてですか?」
「……ああ」
ブリギットには彼女の背後の動向を調べるために返事は待ってもらった状態にある。変に期待もさせたくないので客人扱いで良いよなと考えていたのに、レナータとしてはその自分の態度が何か誤解させたようだ。険しい目線を向けられた。
怒っているのが感じられた。静かなだけに怖い。そのレナータに暢気にもブリギットは笑って言った。
「宜しくお願い致します。妃殿下」
「宜しくね。ブリギットさま」
何か自分を挟んだ彼女らの戦いのような変な構図にしか思えなくなってきた。早めに誤解を解くべきだろう。
「そろそろ昼餐の時間だろう? ブリギットも共にどうだ?」
緊張のあまり言い間違えてしまった。本当はレナータとだけ食事したいだけなのに。これでは二人の間にブリギットを誘うことになってしまう。
レナータは大人の態度を心がけているのだろう。表面上は何事もなく会食が進んだ。内心ブリギットが何を言い出すかと気が気でない。レナータとの誤解を先に解いておきたいところなのに、ブリギットのいる前で彼女の護衛仲間として潜り込んでいるとは言えずにいた。
「王さまってどんなに良いものを食べているのかと思っていたけど、私達とそう変わらない食事なのね? ヴァン」
「これか? 普段の食事だが? なあ、レナ」
「ええ。いつもと同じですわ」
「これで十分だよな? レナ」
「はい」
「ヴァン達は毎食、豪華な食事をしているのかと思って」
そんなことを本物のブリギットなら言わない。外見だけ似せても本人とはほど遠いものを感じた。修道院にいたブリギットは一粒の豆にも感謝して口にしていた。
それだけに今の発言が気に障った。




