220話・ブリギットの目的
「ブリギットか? なぜここに来た?」
「彼女は宰相の使いで来たそうよ」
「宰相の使い?」
ブリギットに何しに来た? と、問えば横から自分は事情を知らないと思い込んでいるレナータの説明が入った。それに話を合わせると、弾かれたようにブリギットが顔を上げた。
「はい、わたくしは義父、ベルティルの使いで参りました。交渉がしたいのです。妃殿下を初め、皆さまのお人払いをお願い致します」
ブリギットを名乗る女は厚かましかった。宰相の養女になったとはいえ、一婦人でしかない身でこの国のさも高貴で特権階級の女性達の中で頂点に立つ女の退出を求めたのだから。
しかし、そこまでして相手が望む条件というのを聞いておきたいような気もした。あえてレナータを危険に晒すこともない。
「分かった。レナータ。部屋に戻っていてくれ」
「はい。陛下」
レナータには自分がブリギットの言いなりになっているように感じられたのだろう? 面白くなさそうな反応が返ってきた。
それでもレナータの身を守るためには仕方のないことだ。レナータが退出してから「何が目的だ?」と聞いてみた。
宰相としては追い詰められている。ブリギットが最後の手駒となるはず。その為に彼はどんな手を思いついたのか気になった。
「では申し上げます。わたくしを側室か、愛妾にと義父は望んでおられます」
「……!」
そう来るかとは思ったがあからさまに言われるとは思わなかった。
「ねぇ、ヴァン。あの時、あなたは言ってくれたわよね? わたくしと結婚したいって。あの話はまだ有効? 横腹の傷が時々疼くことがあるの」
目の前の女の言葉に心が揺れた。その事を知るのは彼女を手当てしたシスター達と、庇われた自分。そして彼女を刺したものだけだ。
その言葉で真実が見えたような気がした。そうかこの女は?
ブリギットの皮を被った女が必死に言っていた。
「ねぇ、ヴァン。お願い。このままではわたくしも困るの。別に側室でも構わないわ。あなたの二番目でいいからわたくしを側に置いて。ねぇヴァン」
あの清廉だったブリギットが媚びた目でこちらを見上げてくる。自分の記憶の中のブリギットに似つかぬ女が害虫にしか見えなかった。彼女を穢すな! この害虫が。どうしてくれよう。目の前が怒りで真っ赤になったときにあることを思いついた。
「分かった。考えてみる。返事は少し待ってくれ。それまでこの城に滞在してくれるか?」
「ありがとう。ヴァン。あなたの側にいてもいいのね?」
ブリギットが抱きついて頬にキスしてきた。今すぐにでも突き放してやりたいのを堪えた。彼女を女官に託し客間に案内させようとした時だった。
ブリギットがふらつき、女官が慌てた。
「ブリギットさま?」
その場にブリギットが倒れる。護衛を呼び彼女を抱き上げて部屋まで運ばせた。その後、診察させた医師の見解ではどうやら貧血気味のようで気を失ったようだ。




