219話・宰相からの使者
「彼らの事は王家の中で秘匿とされているからな」
「そうだったの。では、私は何度か彼らに救われてきたと言うこと?」
「ああ」
「宰相はどうして私を?」
レナータは不思議がる。自分を殺して何の得があるのかと。
「おまえが死ねば次の王妃に、自分の息のかかった娘を宛がうことが出来る」
「あなたは前王妃が亡くした後、一応独り身だったのだから機会はいくらでもあったのに?」
「あの頃はヨアキムが後継者となっていたし、おまえという許婚もいたからつけ込む隙がなかった。そこへヨアキムが婚約破棄を起こし、廃嫡されたことで宰相は一度捨てた夢を諦めきれなかったのだろう」
「それで邪魔となった私を消すことにしたのね?」
外祖父として権力を掴む為、自分の命を狙ったのかと彼女は聞いてきた。そうだと言えばレナータは苦笑した。
「じゃあ、宰相は業を煮やしているのかしら? 私がなかなか死ななくて」
「おまえを死なせはしない。王の代わりはいてもおまえの代わりはいない」
レナータの言葉に冗談でも笑えなかった。心臓が鷲づかみされたように衝撃を受けた。レナータを二度と喪いたくはない。レナータは馬鹿な事を言うなと言ってくる。
「私にとってあなたの代わりは誰にも出来ないのよ」
自分が彼女の事を想う分だけの思いを返されたような気がした。でも、レナータは気がついているだろうか?
自分は愛する人をこの腕の中で見送った。あの日のことは昨日のことのように思い出せるのだ。いつ、何時レナータが再びそういう目にあわないと言い切れるだろう? 不安で仕方ないのだ。
早まった真似はしないでねとレナータは言う。しかし、一度喪ったものへの不安は、そう簡単に忘れることなど出来ない。
分かっていると言いながらも、レナータのこととなると、過保護になってしまう。
「ねぇ、あなたが戦うのなら私も共に戦う。私にも手伝わせて」
それは出来ない相談だった。万が一、レナータが命を喪うことにでもなれば自分は生きていけない。
情けないことにそれを口にする勇気もなくてレナータに覆い被されば、宝石のような瞳が瞬いたような気がした。
しばらくして新しく建設した都の中央に建つ宮殿の様子を見に来ていると、影の者が山城に宰相の使いとしてブリギットが訪ねて来ていると知らせてきた。
嫌な予感がして慌てて城に戻ると、謁見室からブリギットが「どうしても陛下に会わせて欲しいのです」と、言う声と、レナータの「私では話にならないと言うこと?」と、戸惑うような声が聞こえてきた。
ブリギットは義父となった宰相の使いで来たと言っていた。それを聞いてレナータは驚いていた。
予想がついてはいた。宰相のことだから使える手駒は使い切りたいに違いない。でも、あのブリギットはなかった。
「レナ。来客だと聞いた」
レナータ一人では対応に困る相手だ。何としても自分に会って来ているはずのブリギットが、自分が不在だからと言われて納得するはずもない。
そこへ顔を出すと、ホッとしたような様子のレナータと、頭を下げながらも思惑通りにいきそうだと喜色を浮かべているようなブリギットが窺えた。




