217話・レナータに捧げた都
「あの中にコの字型をした建物があるだろう? あれが新しい宮殿となる。ここは少しの間、仮の住まいとなる」
「イヴァン。移り住むって事……?」
レナータが怪訝そうに見てくる。宮殿があるのにどうして? とでも言いたいのだろう。
「今まで住んできた宮殿は国の中心地からかなりずれているし、他国から大使を招くと移動にかなりの時間を要する。しかも雪の降る季節は大雪に見舞われて、宮殿の中に閉じ込められているような状態だ。何かと不便だろう?」
「そうね」
「それが弊害でもある。雪で宮殿に閉じ込められてしまうと、外の者との連絡が絶たれてしまう」
自分の中で後悔していたことがあった。ソニア達が亡くなったのは雪の降る季節だった。あの日も雪が降り積もっていて宮殿にたどり着くまでにかなりの時間が掛かった。もっと早くたどり着いていたのなら、兄や姉を助けられたのではないかと何度も後悔した。
その思いが「ここなら雪もそう積もらない」と言葉となって出た。その自分の思いを読んだわけではないだろうが、レナータは微笑んだ。
「素敵ね。水上の都なんて。おとぎ話みたい」
「おとぎ話ではないぞ。実際に余達はここに移り住む」
「あなたはいつからここに都を築くなんて構想を練っていたの?」
「おまえに、姉上にプロポーズしようと思った時だ。あの時からここは建設してきた。その時はまだ形を成してなかった。取りかかったばかりだったから。姉上にはいつの日か完成した都を共に見たいと伝えようと思っていた」
それなのにソニアを喪ってしまうことになり、計画を頓挫仕掛けたときもあった。でも、側にいたテオドロスが「不抜けている場合か。おまえはこの国の王だろう? 男なら最後までやり通せ」と叱責してきたのだ。
そのおかげでこの水の都は完成を迎えた。感慨深い思いだ。
「こうしてレナータに見せることが出来て良かった」
「イヴァン。ありがとう。こんなにも美しいものを見る事が出来るなんて思ってもみなかった」
レナータの感謝の声に、不覚にも目元が熱くなってきた。それを悟られないように彼女の前に跪いた。
「レナ。この先も余についてきてくれないか?」
「勿論よ。ヴァン」
輝く瞳から目が離せなかった。掌を差し出されてその指先にキスを落とす。改めて彼女に誓った。
「レナータ。そなたへの愛に余の命を預けよう」
「イヴァン」
彼女の瞳も潤んで見えた。
「ここまで来るのに相当な年月がかかったでしょうね?」
「余が戴冠してからすぐに取りかかったから十七年かかったか」
隣でレナータがため息を漏らしていた。ここまでくるのに十七年掛かってしまったが、自分が存命中に完成して良かったと思う。
レナータが手を握ってきたので、それを握り返した。この手を二度と離したくはない。たとえ死が二人を別とうとしても──。
「もう都の名前も決めてある」
「何と命名する気?」
「レナータだ。水上の都レナータ」
どうだ? と、レナータの顔を覗き込むと照れくさそうな笑みが返ってきた。




