215話・実際に目にしてもらったほうが早い
明け方。テオドロスと手合わせをしているとレナータが起きたと侍従が知らせてきた。昨晩は二人で深夜遅くまで長々と話し込んでしまった。これからの政策のことを考えると話は尽きなかった。
気がつけば日を跨いでおり一晩明かしてしまった。どちらともなく、手合わせをしようということになり庭で刃先を潰した剣を手にやり合っていると久しぶりの手合わせということもあって熱が入った。
「ヴァン。おまえさ、全然鈍ってないな」
「毎日、一応体は鍛えているからな。おまえはちょっと腕が落ちてきたか?」
「お、おい。危ねぇ。どこ狙ってやがる?」
「心臓だ」
容赦のないこちらからの攻撃にテオドロスは慌てる。訓練だからといって手を抜く気はさらさらない。
「おまえ俺を殺す気か?」
「甘いな。訓練の時ほど気を抜くなよ。敵はどこに潜んでいるか分からないぞ」
口では批難しながらもそれが本気でないことは知れる。テオとは付き合いが長いのだ。久しぶりの手合わせに彼の目が生き生きしてきた。
「了解。なら本気で行くぞ」
「元から承知だ」
手加減なしの打ち合い。こいつには気を許しているから出来ることだ。
そこへセルギウス配下の侍従がレナータが起きたと知らせてきた。足音もなくどこからともなく姿を見せた侍従にテオドロスは警戒した。侍従が去ると耳打ちしてくる。
「アレは影か?」
「余の為に彼らは仕えてくれている」
「ふ~ん。おまえも腹黒くなってきたな」
「もとからだ」
はっはっは。違いないとお互い顔を見合わせる。視線を感じてレナータのいる部屋のバルコニーを見れば、彼女が女官長に話しかけられているところだった。
「腹が空いたな? そろそろ朝食の時間だな。一緒に食べるか?」
「良いのか? 新婚だろう?」
「なあに。あとでレナータはじっくり堪能することにする」
はいはい、ご馳走さまとテオドロスから返事が返ってきた。
「年甲斐もなく無理だけはするなよ」
「おまえにだけは言われたくない」
あはは。笑いが再び起きた。テオドロスはこの間、奥方と励みすぎて翌日腰が痛いと惚気てきたのだ。
レナータとは二十六歳の年の差があるせいか、テオに普段から「おっさん」と馬鹿にされている。その時は「おまえも所詮、おっさんだからな」と、気分良く言い返したものだ。
こんな話をレナータの前でしたなら「いい歳した大人が」と、呆れた目を向けられそうで言っていない。男とは女の精神年齢には到底、追いつけなさそうなものを感じている。
「起きたか? レナ」
「おはようございます。陛下。イサイ公爵」
「こいつも一緒にいいかな?」
「失礼致します。妃殿下」
寝起きのレナータは愛くるしかった。その彼女をテオに見せるのは勿体ない気がするが、昨晩から彼を付き合わせた負い目もある。レナータは機嫌良く応じた。
レナータは、テオが自分にとってどんな相手か理解している。そのせいもあってテオには彼女も気を許しているようだ。
「朝から体を動かしたから気持ちが良いな」
「良い汗をかいた。ヴァンは俺と違って剣を振るう機会もないから体が鈍っているんじゃないかと思ったけど、結構追い込まれたな」
「まだまだ現役だからな。毎日執務室で書類に取りかかる前と休憩中には体を鍛えている」
「だからか。体力全然墜ちてなくて驚いた」
「おまえもさすがだな。動きに乱れがない」
お互いに相手を認めて腕をたたき合っていると、レナータに聞かれた。
「ヴァン。聞きたいことがあるの」
「何だ?」
「昨日、これからこの城に住むってあなた言っていたわよね? どういう意味?」
それを聞いてテオドロスが訝る。
「おまえ、ヴァン。レナータさまにまだ言ってなかったのか?」
とうに言っていると思っていたぞ。と、向けてくる目は批難していた。
「レナは眠そうだったからな。ここに着いたのは深夜だったし、教えるなら昼間の方が最適だろうと思っていた。まあ、取りあえずは食え」
詳しいことは食べてからだ。空腹を前にして目の前のパンに手を伸ばした。レナータはテオを見る。テオは陛下から話があると思うのでと言いたそうな顔をしていた。
「食べたら教えてやる。実際に目にしてもらった方が早いからな」
そう言えばテオも納得していた。レナータはまだ不審がっていたが、後から見せればきっと納得するはずだ。食後の反応を予想して口元が緩んだ。




