213話・宰相の魔法の言葉
「どうだった? ヴァン。愛妻との旅行は?」
「別に悪くなかった」
「もっと他に言い方あるだろうに。隠すなよ」
執務室に入るとニヤニヤとした視線を向けてくるテオドロスに出迎えられた。
「宿場街はどうだった? レナータさまは喜んだだろう?」
「ああ」
湯煙の中、上気させたレナータの顔を思い出し、その後寝室で執拗に彼女を求めたことを思い出した。レナータは艶やかで忘れがたい夜となった。
結婚してからレナータの身の危険ばかりを考えて外に連れ出すことを回避していた。それをよくテオドロスには注意されていた。
新婚なのだからレナータ妃にもっと気を配らないと嫌われるぞと言われていたが、分かっていても彼女を外に連れ出すのは不安があった。
でも今回の事で考えを改めた。宮殿内にいても常に危険は付きまとう。彼女が願うことは叶えてやろうと思う。自分の目と手が届く範囲で。それが出来ないこともないのを今回で学んだ。
良い旅になったと思う。囲い込むことだけが正解とは限らないと言うことを知った。
自分の態度で察する部分があったのだろう。「ごちそうさま」と、言葉が返ってきた。お土産話として惚気る機会は失われたが、それよりもお互いの共通認識の方に気が向いた。
「テオ。敵さんは上手く動いてくれたようだな?」
「ヴァンの留守をこれ幸いと動き出したさ。俺は表向き傍観に努めたが」
今までに怪しいと思われることはいくつかあった。しかも相手は隙を見せるようなことはなかった。このままこちらの意向に添うのならば、無駄に相手の勢力を削ることなく無視していても構わなかった。
相手が無駄に逆らうような真似はしないと見込んでのことである。ところがレナータが王妃になってから命を脅かされるようになってきた。相手が動いているのは間違いない。
レナータの命を脅かすような存在はいらなかった。早々に始末することに決めた。その為に表向き従順そうに振る舞っていた相手を油断させるために、宮殿を留守にしたのだ。
テオドロスはいい働きをしてくれた。相手が動き出すように誘い込んだのだから。彼以外の者には任せられない案件だ。
「宰相は叔父上と手を組んだようだぞ」
テオが嫌そうに言う。彼は前イサイ公爵の甥で、公爵の腹違いの妹である母親(こちらは正室腹)が伯爵に嫁いで産まれた。
ずる賢いイサイ公爵を嫌っていて、血の繋がりがあることを嫌っていた。
「ふ~ん。元公爵はお元気になられたのか? テオ、おまえに当主の座を明け渡してから気弱になって寝付いたと聞いたが?」
そうなるように仕向けたのは自分だが、まだしゃしゃり出てくるとは思いもしなかった。
「俺もな、そう思っていたんだけど、案外元気だったようだ。宰相の魔法の言葉で奮起したようだからな。おまえには大体、予想がついていたのだろう?」
宰相の魔法の言葉。皮肉なものだ。この世の中に魔法なんて存在しない。この場合、あり得ない事を指す。宰相なら言うであろう「あなたを王にしてみせます」の不確かな言葉に乗せられたと言うことだ。
日和見で若い頃から、旗色が良い方へ靡いてきた前イサイ公爵のことは自分もあまり好きではない。その前公爵がヨアキムの一件で大人しく家督をテオドロスに譲り隠棲したと思っていたのに、懲りずに宰相の口車に乗ったのかと呆れる気持ちしか湧かなかった。




