211話・まだ真相は話せない
事情を知らないレナータに誤解されているとは知らないまま目的地に向かう。レナータの機嫌の悪さには気がついていたが、何が理由なのかは分からなかった。
ブリギット達を修道院まで送り届けると、彼女とはどのような知り合いかと聞かれた。一瞬、彼女が怪しいことにレナータが気がついたのかと思ったが、そうではなかったようだ。
単純に彼女とどのように知り合い、関わっていたのか知りたかったらしい。
ブリギットについて誤解を受けたくなかったので正直に話した。辺境部隊に身を置いていたときに怪我を負い、修道院に担ぎ込まれたときに彼女に介抱してもらっていた時のことを。そしてその時に命を狙われ、彼女が身を挺して庇ってくれたおかげで自分の今があること。
そして自分を庇うために体に傷を負った彼女に負い目が出来て「責任を取る」と言ったことを。
レナータはしばらく考えていたが「彼女が今も修道女をしていると言うことは、あなたの申し出を受け入れなかったのでしょう?」と、言った。
聡明な彼女はいつか真相にたどり着いてしまうかも知れない。でも、彼女を危険に晒さないためにはまだ真相を話すべきでもない。
「彼女は今も亡き許婚の事を思っているのさ」
「そう」
レナータは感銘を受けたようだ。ブリギットとは崇高な女性だ。それだけに彼女の名を騙る者が許せなかった。影にはブリギットと名乗った女の素性を探り、レナータと接触させないようにと指示を出してある。
レナータが何やら深刻に考えていた。
「おい、おい。余計な事を考えてないよな?」
「ヴァン」
「もしものことだが、ブリギットを妻に迎えたとしても、おまえに惹かれる気持ちは変わらなかったと思うぞ。彼女を王妃に迎えていたら、余は彼女を顧みることのない夫となっていた可能性はある」
「変な自信もたないで」
「だからこれでいいんだ。可哀相な王妃を作る未来は避けられた。余は隣にいる女はおまえがいい」
「……ブリギットの賢明な判断に感謝しかないわね」
そこは安心するべき所ではないのか? レナータは複雑そうな顔をしていた。
「自分で言っておいてなんだが、あの頃は彼女の気持ちも考えずにそれが最善だと思い込んでいた。馬鹿だった」
もしかしたら今、レナータがこうして隣にいる未来は無かったかも知れないのだ。それを思うとゾッとした。
「責任を取ると言ったぐらいだから、当時はそれなりに彼女を気に入っていたんじゃないの?」
「良く分かったな?」
レナータの勘の良さには恐れ入る。下手に隠し事は出来ないと思う。
「あの頃は周囲に他に女性がいなかったから、彼女が甲斐甲斐しく皆の世話をしているのを見て、天使のように思えたんだ。気高く見えたな」
そこに下心のようなものはなかった。彼女のような崇高な女性を妻として迎えたなら、王妃さまのような良妻になるのだろうなと漠然と思っていただけだった。
「ふ~ん。ソニアに惚れていたんじゃないの?」
面白くなさそうにレナータが言う。
「ソニアは初恋で憧れだったから、手の届かない人だと思っていた。近くにいたブリギットに少々興味を抱いた。済まない」
ソニアは初めから自分には手の届かない存在だと諦めていた部分があった。ブリギットならそうでもなさそうな気がしたのだ。お互い大切な者を亡くした仲だからこそ、情熱的な気持ちとは無縁でも傷をなめ合うような穏やかな生活を送れるのではないだろうかと妥協した。そこが彼女には見抜かれていたのだと思う。
思わずソニアだったレナータにも不実を働いた気がしたような気がして謝ってしまった。
「別に謝らなくていいわよ。私は、今はレナータでソニアではないから」
「でも、おまえは姉上の記憶も持っている。他の女に惹かれた余の話を聞いて面白くないのだろう?」
ふて腐れるレナータを見れば謝るより他に仕方ないような気がした。
「悪かった。もう終わったことだ、許してくれるか?」
「別に許すも何も、私が怒ることではないわよ」
「怒ってないのか?」
「なぜ怒る必要があるの?」
「おまえはブリギットが同乗してから機嫌が悪くなっていた」




