21話・気になるんだもの
それから私は、陛下が屋根裏部屋に通っているのを知りながらも知らんぷりを続けていた。それでも何食わぬ顔をして寝台で私を抱き枕にしている陛下の心情が理解出来なかった。
早く側室でも何でも認めてしまえば良いのに。屋根裏部屋が気になって仕方なかった。
昼間、誰もいない隙に屋根裏部屋に近づこうとすると、必ず陛下付きの侍従の誰かしらに出くわしてしまい、部屋にはなかなか近づけないままだった。
陛下が何かを隠しているのは明らかで、侍従にまでそれが知られているのではないかと勘ぐってしまう。
それと陛下が私と昼餐が取れない日に、侍従の一人が屋根裏部屋に食事を運んでいるのを見かけた。あれはきっとあの部屋で陛下の「宝石姫」とやらと食事を摂るためなのではないかと疑念が湧いてきた。
それにしても陛下が教えてくれないのに苛立って仕方ない。仮とはいえ夫婦なのだから隠すことでもないだろうに。相手の存在を知ったからと言って陛下に嫉妬なんてするはずもないし、相手の女性を害することだって考えてもない。
もしも、自分がそんな女だと思われていたのなら癪に障る。思わずフォークを握る手に力が入っていたようだ。「殿下?」と、ゲラルドの声が上がり、気がつけば陶磁器のお皿の中のミルフィーユが粉々になっていた。
「お取り替え致しましょうか?」
「……ごめんなさい」
食べ物には罪がありません。食材を無駄にした私が悪いのです。神さま、お許しを。
それにしてもイヴァンの奴。何を隠しているのよ。
新しく用意してもらったミルフィーユにフォークを入れると、ゲラルドと目が合った。
「ねぇ、ゲラルド」
「何でしょう? 妃殿下」
陛下の侍従長はセルギウスだから、もしかして彼の甥であるゲラルドは何か知ってないかと思う。
「あのね、屋根裏部屋のことだけど……何か知っていない?」
「屋根裏部屋ですか?」
ゲラルドは不審な顔をした。彼のその態度に何も知らされてないようだと分かる。私は質問を変えることにした。
「そこに誰か住んでいるとかセルギウスから聞いたことはないの?」
「あそこは無人ですよ。ああ。でも確か陛下が……」
「な。なに? 陛下が何か言っていたの?」
ゲラルドは何か思い出したように言う。いよいよ真相に近づいたのかと期待したのだけど違った。
「陛下の幼い頃から大事にしていたものが捨てきれなくて一部、そこにしまわれているという話を聞いたことはありますね」
「捨てきれないもの? それって人じゃなくて? 愛人を囲っているとかじゃないの?」
思わず興奮して言うと、ゲラルドは困ったお方ですね。と、苦笑いした。
「愛人なんかいるわけありませんよ。あそこは伯父も言っていましたが、立ち入り禁止です」
「でも、前に私、陛下付きの侍従が食事を運んでいくのを見たのよ」
「それは陛下のためのお食事じゃないですか? 陛下は夢中になると周りが見えなくなるので、食事の時間が守れなくて困ると、陛下付きの侍従達が言っておりましたよ」
「むむむ……」
ゲラルドには嘘をついているような感じはない。じゃあ、あれは何だったんだろう? 私の勘違い?
「疑っているのですか? 直接、陛下に伺ったら如何ですか? お二人はご夫婦なのですから」
「それが出来たら苦労しないわ」
「喧嘩でもなさったのですか?」
「喧嘩はしてないけど……」
ゲラルドは私の話から何か察したように言った。
「夫婦とは、もともと赤の他人が一緒に暮らしていくものですからね。お互いに秘密の一つや二つ、持っていてもおかしくないと思いますよ。わたくしはでも、相手が秘密にしていることは無理に踏み込まない方が良いと思っています。そこには他の人には触れて欲しくない、その人にとっては聖域のようなものがあるのではないでしょうかね」
「そうね」
ゲラルドはそれ以上、陛下の秘密に踏み込まない方が良いのでは? と、言ってくれた気がした。
「殿下と陛下には世代の差もあって、陛下からしてみれば殿下に明かしにくいこともあるのではないでしょうか?」
ゲラルドの言うことも、もっともだと言う気がしたので、私はそれ以上、この件を口にするのは止めた。




