209話・悪夢は余が引き受けた
「お母さまはお父さまを憎んでいたのかしら?」
「さあな。二人がどう思っていたかは本人じゃないから分からないが、信頼はしていたんじゃないか? 三人も子を成すぐらいだから」
深刻そうに言うレナータの悩みを解消すべく言えることはなかった。自分から見た王夫妻についての情報が少なすぎたせいだ。
「愛には色んな形があるから、王妃さまは王妃さまなりに陛下を愛されていたのだろうよ。あの御方はなさぬ仲の愛妾が産んだ余を、己の子と分け隔てなく育ててきたくらいだからな」
王妃のことは尊敬しかない。人柄も母親としてのあり方も。彼女は幼い自分の前でけっして本音を漏らすことはなかった。ただ、陛下に閨へと連れ込まれそうになって拒否をしていたことはあったが、それはその行為自体を恐れているように思え、陛下に対して嫌悪していたようには思えなかった。
もしかしたらそこに計り知れない王妃なりの心情があったのかもしれないが、今となっては分からないことだ。
「以前ね、お父さまから聞いたことがあるの。ラーヴルにはカリスマ性があると。父は前将軍に対して嫉妬のような気持ちを抱いていたことがあるんだと思う。彼と並ぶと皆の目が王である自分よりも彼に向かうことを快く思ってなかったような気がする」
「王とは孤独だからな」
亡き父王の気持ちが分からないでもない。でもその生き様を真似しようとは思わないが。その言葉をどう受け取ったのかレナータが意外な事を言い出した。
「お父さまは苦手に思っていたラーヴルの弱点であるお母さまを自分の側に置くことで、気を晴らそうとしていたに違いないわ」
「レナ。父王陛下はそんなに卑劣な御方じゃない。あの方の政治手腕はおまえも認めていただろう? 陛下が何を思ってそんな行動を取ったのか分からないが、あの御方は個人的な感情で動く御方だったか?」
「いえ……」
父王陛下と王妃と将軍との間に何があったかは分からない。ただ、分かることは陛下と王妃は毅然としていて、将軍だけが個人的感情を露わに振る舞っていた稚拙さが目立っていたということぐらいだ。
「信じてやれ。愛娘のおまえが信じないでどうする? 陛下はおまえの才能を認めて、前例のないことを推し進めようとしていたぐらいだ。個人的感情で誰かを貶めるような卑劣な真似はされない。王妃さまにしてもそうだ。あの御方は最後まで陛下を信じていた。余はおまえとそのような信頼関係を築いて行きたいと思っている」
「ヴァン」
「亡くなった者を見て、感情を引きずられたか?」
もう過去の妄執に囚われて欲しくなかった。それでなくとも彼女は転生して、ソニアの時の記憶もある。思うところは色々あるだろうが、レナータとして生きていく彼女には父王達の確執はいらぬ情報だ。
「おまえの両親は誰が何と言おうと素晴らしい御方だった。余はそう思っている。妄執に駆られた将軍
が、簒奪行為に走ったのを止められなかったのを申し訳なく思っている」
自分に後悔があるとしたら、実父が企んだこととは言え、ソニア達を死に追いやったことだ。もしも、兄達やソニアが生きていたのなら、今の世は国民達にとってもっとより良いものになっていたに違いないから。
「ごめんなさい。ヴァン。私はあなたの気も知らずに……」
ソニアの記憶を持つレナータが自分の心情を思い謝ってきた。彼女に謝って欲しいわけではなかったのに。
「いいんだ。気にするな。歯がゆいな。おまえの夢の中に将軍が出てくるなんて。余がいたらその場で切り捨ててくれるのに」
「もう出ないように抱きしめてくれる?」
「お安いご用だ」
彼女の心の中を煩わせるラーヴル・アスピダが恨めしかった。きっとこれからも奴の事は、楔のように自分の中にのし掛かって来るのだろう。
それでも今は、この頼りない肩の妻を安心させてやりたかった。
「さあ、お休み。レナ。悪夢は余が引き受けた」
「ヴァン。お休みなさい」
不安そうなレナータを抱きしめると胸もとに収まる。腕の中の彼女の体温を感じていると、しばらくして小さな寝息が聞こえてきた。その寝息を感じながら目を閉じているうちに自分も寝入ってしまったようだった。




