208話・ラーヴルが初恋の人?
夜中にふと目が覚めた。隣でレナータが何度も寝返りを打っている。それが気になった。
「レナ?」
「ヴァン」
「どうした? 眠れないのか?」
「今、夢を見てね」
「悪夢でも見たのか? 追い払ってやろうか?」
「悪夢ではないけど、気になっちゃって……」
「どんな夢を見たんだ?」
青白い顔をした彼女の様子が気になった。
「私がソニアだった頃の夢。私が宮殿に呼び戻されたときの日の事をね。あの日、私は初めてあなたの母親であるアニスという存在を知って……」
レナータの話を聞きながら、ソニアと初めて会った日の事を思い出した。あの日の彼女は強烈だった。いきなり王妃の部屋を訪問してきて、当時子供だった自分に出会った。
そのレナータは言った。ラーヴル将軍に出くわして嫌みを言われたのに、夢の中では八つ当たりされたと。嫌みと八つ当たり。聞いている分にはどちらも不快でしかないと思う。
「八つ当たり? なんだそれは?」
彼女の夢の中であいつがしでかした事とは言っても、レナータを不愉快にさせた事が許せなかった。何をしでかしたあいつ? と、思っていると、怪訝そうな声が上がった。
「父上に自分の許嫁を奪ったと言われてね。許婚は愛妾となって五歳の子供もいるなんて言うものだからてっきりアニスのことかと思っていたのだけど……」
彼女が言う父上とは亡き父王のこと。五歳の子供とは当時の自分を指している。彼女は夢の中でラーヴルに言われた言葉に引っかかりを覚えているらしかった。
「余の母親は将軍と許婚ではなかったと思うぞ」
「そうよね。夢の中のことだから現実と違っていたわ。夢の中の私はそれを当たり前のように受け止めていたけど。ラーヴル将軍もだいぶ若い姿をしていたしね。私の初恋の人だったからかしら?」
ラーヴルが初恋の人? 思いがけない言葉に苛立ちを覚えた。
「夢というものは確かなものではないからな。将軍が初恋? 初耳だな。いつの話だ?」
「誰にも話してないもの。六歳か五歳くらいの頃の話よ。あの頃は身近な男性と言えば、父か将軍くらいのものだった」
過去の話とは言え、ソニアの気を惹いていたのだ。あの愚かな男が許せなかった。
「妬けるな」
「もう終わった話よ。それに私はなぜか将軍にはもの凄く嫌われていたしね」
レナータは不思議そうに言う。言われてみればあれは自分の実母だった愛妾に唆されていたとしても、常識を逸脱していた。他の王子達のことはさほど恨んでない様子だったのにソニアにはあたりがきつかった。
それを彼女も自覚していたらしい。答えは一つしかないように思えた。
「惚れた女が産んだ憎い男の娘だからだろう。姉上は父上に良く似ていたからな」
「イヴァンも知っていたのね? 母上がラーヴルの許婚だったことを」
レナータは罪悪感を抱えたような顔で言う。これは自分達が産まれる前の話だ。彼女が悪いわけでもないし、未練を持ち続けた男のひがみでしかないのに。
「ああ。宮殿にはおしゃべりな若い女官達もいたから、聞きたくもないのにその手の話はよく耳にした」
その不快なおしゃべり雀たちは婚姻という手で宮殿から追い払ったが、その事はレナータに伝えるまでもないだろう。




