207話・一日でも長くレナータの側にいたい
宿場街について馬車の中で寝入ってしまったレナータを起こす。レナータには行き先を告げてなかった。眠い目をこすりながら起き上がったレナータを抱き上げて部屋まで運ぶ。
普段、人前では毅然としているレナータが幼子のように自分の首に縋り付いてきた。
「眠い~」と、言って寝台に潜り込むレナータからドレスを剥ぐ。レナータは眠気が勝っていたようだが、絶景を見せてやりたくて大浴場へと連れ出した。
先に服を脱いで浴室に入っても、なかなかレナータがやってこない。
湯船に浸かり「お~い」と、呼んでみると恥ずかしそうにドレス姿で近づいてきた。
「おいおい、レナ。ドレスを着たまま入るつもりか? 裸になるのが恥ずかしかったら、そこにある湯浴み用の服を着ろ」
レナータは湯着とかけ湯をしてから入浴することを伝えると、それに従ってお風呂の中に入ってきた。
レナータは普段、女官に用意してもらう湯の温度よりも高いせいか恐る恐る身を沈めてくる。
「気持ちいいだろう?」
「ええ。温かい~」
何とか肩まで湯に浸かったレナータの目を外に向けさせる。
「窓の外を見て見ろ」
「窓?」
ここの宿場街に来たのは理由がある。ここの大浴場からあるものを見せたかったのだ。
お風呂場は全面ガラス張りとなっていて夜景が望めた。
「わあっ。綺麗」
レナータの声に満足する。ガラス一面に映るのはこの宿場街の夜景。宝石箱をひっくり返したようなキラキラとした明かりが広がる。
それを窓に張り付いてレナータが見ていた。まるで子供のように目を輝かせてみていた。
「ここに一度、おまえを連れてきたかった。気に入ったか?」
頷くレナータが可愛らしかった。
「こうしているとまるで子供のようだな」
「私が幼いと言いたいの?」
「いや、それだけ可愛らしいということさ。さ、おいで」
「いいわよ」
湯の中でレナータを膝の上に乗せようとしたら拒まれる。恥ずかしいようだ。
「おいで。レナ。ここはおまえの特等席だ」
「いいわよ。逆上せちゃうわ」
「逆上せたら解放してやる」
照れるレナの腕を引き膝に乗せると大人しく収まった。彼女の目線は外に向かっていた。
「レナ。フランベルジュ旅行は楽しめたか? 満足したか? ギヨムへの仕返しが出来て清々したか?」
「とても満足したわ。あの男に言われっぱなしは心残りだったの。仕返しの機会を与えてくれてありがとう。ヴァン」
今回、レナータがフランベルジュへ行きたがったのは、二人きりの旅行を楽しむだけではないのは何となく察していた。レナータはギヨムにやり返したかったのだ。あのノートにも、ギヨムに会うことがあったならやり返したいと書かれていたのだ。
転生した彼女のやりたい事の一つだろうと思っていた。その機会を得てレナータは生き生きして見えた。
それもこれも自分のおかげだとレナータは感謝していた。自分が以前、フランベルジュ国へ視察に来た時に、お土産として希少価値のある宝石や毛皮を配って回ったおかげでクロスライト国を田舎者と見下していた者達は、認識を改めることになった。その土台が出来ていたから自分が何を言っても周囲に許されたのだと言う。
「イヴァン。ありがとう。クロスライト国をここまで他国にも認識させる事が出来た。あなたの功績よ。きっと天国でアレクセイも亡きお父さまも喜んでいると思うわ」
「レナ……!」
自分の膝に乗っているはずのレナータが、夜景に溶け込んで消えていきそうに見えて抱きしめると、訝るような声が返ってきた。
「どうしたの? ヴァン?」
「レナが今、どこか遠くに行ってしまうような気がした」
「いやね、ヴァン。私はここにいるわ」
そうは言われても不安はなかなか消えなかった。レナータとして生まれ変わったレナータ。今生こそ、彼女を喪いたくない。一日でも長くレナータの側にいる。その気持ちが、レナータからちょっとの時間でも離れることを躊躇わせた。




