204話・誰からソニア王女の話を聞きましたの?
「アドラー公爵に会うといつもソニア殿下の話題が出ますの。叔父様はソニア殿下に憧れていたのですよ」
フィリペの反応を見てもしかしたらとは思っていた。やはりそうかと思っていると、脇から余計なことを言う男が割って入ってきた。
「あの女に? 物好きな」
ギヨムの声に、おまえこそ物好きだ。この場にまだ居座っていたとはと、言ってやりたくなる。
この場にいる者達が白けて彼を見やる。フィリペは苦笑しながら話を続けた。
「なあに。ソニア王女に憧れていたのは私だけではないさ。マリー、きみの伯母様も憧れていらしたよ」
「伯母様って、テレサ王妃さまが?」
テレサ王妃とマリーの父、そしてフィリペは兄弟だ。マリーの父は現在エクセリン国の王で、フィリペは臣下に下って公爵となった。
マリーにとって亡きテレサ王妃は伯母であり、王太子とは従兄妹同士で婚姻した。
マリーが嫁いだ後も、叔父のアドラー公爵とは交流していたのだろう。叔父と姪の仲の良さが知れた。
「ああ。伯母上は思っていることの半分も口にせずに飲み込んでしまう人だったから、ソニア殿下のように物申す姿勢に羨ましいものを感じていたようだ」
「そんなことあるか……!」
「何か? ギヨム陛下?」
己の妻のことを話題に出されてギヨムは黙っていられなかったようだ。口を挟んできた。自分の亡き妻が、自分の嫌っている相手を羨ましく思っていただなんて認めたくないようだった。
そのギヨムは皆から白い目で見られ口を噤む。王妃が存命中から浮いた話に事欠かなかった御方だ。
フィリペもマリーも、ギヨムが亡き王妃を泣かせてきたことをよく思ってないようで睨み付けていた。
「亡き王妃さまも言いたいことをお腹に貯めずに言ってしまえば良かったのに。そしたらこのように早くお亡くなりになることもなかったでしょうね」
「ああ。非常に残念なことです」
レナータはすかさず嫌みを言っていた。それにフィリペも賛同する。レナータだから言える嫌みだ。その事を知るのは自分一人だが。
傍からみると、まだ十代も半ばで年若い他国の王妃がフランベルジュの国王に当てつけるように言っているのは摩訶不思議な光景にしか思えないのに、なぜか皆、うんうんと頷いていた。
それだけフランベルジュの王は、大人げない態度を取ってきて、近隣諸国の王族達にも呆れられているようだ。
「姉上はソニア殿下を崇拝してました。領民の為に私財を投じるなんてなかなか出来ることはないと感心していました」
「フィリペさまは随分と詳しいのですね? 誰からソニア王女の話を聞きましたの?」
レナータが首を傾げる。ソニアは自分がやり遂げた功績を口にするような者ではない。彼女は自分が成したことを誰かに吹聴するような者でもない。
どうしてソニアがしてきたことを一時、保護されていたからといってもフィリペが知っているのかと聞いたレナータに対し、彼は領民に教えてもらったと言った。
レナータとしては自分がソニアだった時にフィリペにそのような話はしたこともなかったのに? と、思っていたはずだ。それが領民達が言っていたと聞き、驚いていた。
彼は領民達がソニアに対し感謝していたと言った。領民達は自分達が飢えることも無く生きていけるのはソニアのおかげだと語り、憤慨していたと言った。
領民達は心優しいソニアが、心ないお見合い相手に振られてお嫁に行けないでいるのを怒っていたのだと言った。領民達はソニアの幸せを望んでいたと。
その傍らで、元凶となる男が「嫁ぐ相手もなくて領民にから同情されていたのか? 哀れな奴だな」と、言ったときには拳を握りしめていた。
その手をレナータに抑えられていなかったなら、奴を殴っていたところだ。
そのレナータもギヨムからソニアのことを醜女と散々、馬鹿にされて良い気がしないはずだ。だから代わりに言ってやった。
「余もレナもソニア王女の事は敬愛している。余計なことは言わないでくれるか? 王よ。この国は自然に恵まれて環境に良いから無駄な兵の強化合宿地に使いたくないものだ」
おまえの言葉次第では兵を差し向けるぞと言ったことで、ギヨムは今度こそ大人しくなった。




