200話・無礼なやつら
「こんな時は、お祖父さまや、お父さまならわたくしを抱きしめて下さるわ」
「では父親の元へ向かえばいいだろう」
これ以上、能なし王女の相手をするつもりはない。黙って見ている事しか出来ないタラーリに「おまえは何をしている」と睨み付ければ今更、やるべきことに気がついたかのように「ルシア殿下。さあ、宮殿に戻りましょう。王太子殿下や陛下が心配されます」と、促し始めた。
それでも王女は嫌々と動かない。てこでも動かない相手を前にどうしようかと思った時だった。「失礼する」と乗り込んできた者がいた。
「王太子殿下?」
「ルシア。心配した」
この場の皆が驚いていた。どうしてこの場に王太子が? と、レナータを初めクロスライト側の使用人達は訝った。
ルシアはそろりと立ち上がって王太子にしがみつく。
「ルシア大丈夫か?」
「はい」
「さあ、帰ろう。ここにいてはいけない。ここはお客様のクロスライト国王夫妻が滞在されている所だ。お邪魔してはいけない」
そう言って王太子殿下がルシアを抱き上げる。年の離れた兄妹は親子のように良く似ていた。
王太子の言葉にルシアは疑問を投げかけた。
「なぜ? ルシアはイヴァン陛下の奥さまになるのでしょう? 今まで勉強をさぼってきたのがいけなかったの? だからイヴァン様は他に奥さまをもらってしまったの?」
「ルシアっ」
ルシアの言葉に焦ったように王太子は彼女の名を呼んだ。それ以上は話してくれるなと言いたげだ。
どういうことなのかと腕の中のレナータがこちらを見上げてくる。クロスライトの者達は皆、ルシア達を冷たく見据えた。
知らず知らずのうちにこの国の王族らは随分と舐めた態度を取ってくれていたようだ。
「ほほう。そのような頭の足りない王女が余と婚姻? 初めて聞いたな」
どういうことだと王太子をねめつければ、慌てて言い訳をしてくる。
「失礼した。イヴァン陛下。ルシアは何か勘違いしているようで……」
「勘違いじゃないわ。お祖父さまだってお約束してくれたのよ。六年前にイヴァン陛下が訪問された時に、あの御方の妻になりたいって言ったら分かったって言ったわ」
「ルシア。それは……!」
失礼な奴らだ。溺愛する王女に乞われたからと言って出来もしないことを簡単に承諾するとは。フランベルジュ国から正式に望まれても断っていたとは思う。
この国の王はソニアを馬鹿にした者だ。いくら政略結婚でもそのような者と縁続きになりたいとは思わない。いや、結婚してもわざと罪をでっち上げて処刑してやっても良かったかも知れない等と思っていると、王太子は居たたまれなくなったようで「ルシアは興奮しているようだ。今すぐ連れて帰ります」と出て行った。その後を金魚の糞のようにタラーリと近衛兵達が続く。
騒々しいやつらを見送って「無礼な奴らだな」と、憤慨すれば「本当よね。落ち着かないからもう帰りましょうか?」と、レナータから同意の声が上がった。
このままいても落ち着かない。明日にでも帰国しようかと思っていたら翌朝に謝罪文が届けられた。使者が飛び込んで来て平伏して床に頭をこすらんばかりに謝るものだから気の毒になった。この使者を送り込んできたのは宰相に違いない。宰相の心情を思うと同情しかなかった。
そこに使者が恐る恐るもう一通、書状を差し出してきた。差出人は王太子妃からのものだった。




