197話・レナータがどこぞの馬の骨だと?
「空気がいいわね」
「天気もいいし、普段の行いが良いおかげだな」
「まあ、イヴァンたら」
それを貴方が言う?と、可笑しそうにレナータが見てくる。うふふと笑うレナータが可愛らしい。その笑顔に見惚れているとどこからともなく「小父さま──」と、少女の声がしてきた。
「誰かしら?」
レナータが首を傾げる。ここはフランベルジュ王家所有の地。我々は客人としてここに招かれているが、王家の許しもなく一般の者が入ることは出来ない場所だ。一体何者だ?と思っていたら、ガサゴソと茂みが揺れる。そこから一人の少女が飛び出して来た。
白いドレスを着た金髪に青い目をした少女だ。陛下や王太子に顔つきは似ていた。
驚愕するレナータに、制止の声を上げる女官をものともせず少女は自分に飛びついてきた。
「小父さま!」
「……!」
厄介なことになったと思わずにはいられなかった。自分に抱きついて来たのはこの国の王女殿下。陛下の末の娘にして、長兄である王太子に溺愛されている娘ルシア。
護衛兵が王女のことを不審者と見咎めて「離れろ」と声をかけたのを止めた。下手に刺激するとこちらの足下が掬われかねない。
少女をどうにか丁寧に自分から引き離し「突然で驚いた。ルシア殿下。どうしてこちらに?」と、聞けば女官や護衛が驚く。レナータも信じられないような顔をしていた。
このルシア王女は皆が思い描くような王女としての態度を取れていない。礼儀知らずの王女なのだ。皆がこの方が王女? と不審がるのも無理はなかった。
「だってここに来れば小父さまに会えると教えてもらったのよ」と、笑いかけられた。
内心、「誰だ。余計なことを教えた奴は」と、舌打ちしたくなる。せっかくのレナータとの時間に水を差されたような気分だ。不快でしかない。それでも勝手に出張ってきた彼女を無視するわけには行かないし、昨晩王女の話題が出て面白くなさそうな顔をしていたレナータだ。レナータに変な誤解はさせたくない為、紹介することにした。
「レナータ、おいで。紹介しよう。こちらはこの国のルシア殿下だ。ルシア殿下、こちらは余の愛妻であるレナータです」
ルシアを牽制する為、レナータは自分の「最愛」だと愛妻の部分を強調して言ってみた。
ルシアはレナータをじっと見て「陛下の奥さま? 随分と若いのね? 私と同じくらいの年?」と聞いてくる。
「レナータは殿下よりも二つ年上ですよ」
「ふうん」
興味がなさそうな反応だ。これで自分への執着も薄れてくれればいいのだが。ルシアは歪んだ思想の持ち主だ。なるべくレナータと接触を持たせたくなかった。
「陛下から聞いていませんでしたかな?」
自分達は新婚だから気を利かせろと陛下に言われなかったとしても、それぐらいの情報は側付きの者から聞かされていただろう? と聞いたのにピンとこないようだ。
「ああ。そう言えば聞いていたかも。どこの馬の骨か分からない女を妻に迎えたようだと。お母さまがおっしゃっていたわ」
「どこの馬の骨ではありません。レナータはクロスライト国の王女です」
「ええ? この人、王女さまなの? 叔父さまとどういう関係?」
「それは陛下にでも聞いて下さい」
レナータをどこの馬の骨だと? その言葉に腹が立った。たかが愛妾がクロスライト国の王妃を捕まえてその物言い、許せるはずもない。




