193話・レナータ以外見えない
しばらくして馬車は湖畔に立つ白亜の宮殿前に止まった。ステラ宮殿はこじんまりとした建物だった。膝の上で寝ていたレナータを起こすと、彼女は白亜の宮殿を見て素敵と声をあげた。気に入ったようだ。
宮殿の中に入ると、中庭を囲むように回廊が廻らされている。中庭には二頭の獅子が支える噴水があった。その噴水を取り巻くように花壇が置かれている。
「後で散策でもしようか? レナ」
「今、しましょうよ。ヴァン」
侍従や女官達は馬車から荷物を運び込んでいた。主である自分達にはやることがない。宮殿の内部を探索するだけなら何の問題も無いだろう。
レナータの手を引き宮殿の中を歩き出す。
「素敵な所ね。小さな場所だけどのんびりするにはいいわね」
「これでふたり水入らずだな」
レナータは生き生きとしていた。物心ついたときから使用人の誰かしら側にいた生活をしてきたのだ。レナータは使用人を介さず自分と二人きりになれたのが嬉しかったようだ。
「イヴァン。見て。あそこに綺麗な鳥がいるわ」
「オオルリだな。幸せの青い鳥とも呼ばれている。ここにしか生息していない鳥だ」
「綺麗ね。まるであなたの瞳の色を宿しているみたい」
オオルリは頭から背中まで青い色をしている。お腹の部分は白いが、日の光を受けて飛ぶと緑色にも見えた。
「ツイているな。幸運の象徴に出会えるなんて」
「何だか嬉しいわ」
「ようやく年月をかけて結ばれた仲だからな。神さまが祝福しているのだろう」
柄でもないことを言ってしまったと思うと、レナータがこちらを凝視していた。
「何? 顔に何かついているか?」
「ううん。あなたもそのようなロマンチックな言葉を言うこともあるんだと思って」
「珍しいか? 余は幸せを実感している。喪ったと思っていたあなたが戻って来て、いま腕の中にいるんだ」
浮き足立つのは仕方ないだろうと頬にキスすれば恥ずかしそうな目線が返ってきた。
「私もあなたとこうなると思ってなかったけど、とっても幸せよ」
「レナ」
「イヴァン」
彼女が愛おしく思われて顔を寄せたところで、脇から軽い咳払いが聞こえた。
「ゲラルド」
「陛下。お部屋の支度が調ってございます。……妃殿下と共にどうぞ」
良いところで邪魔しやがってと目線を送ると、ゲラルドは恐縮しながら言ってきた。
「そうか。レナ。行くぞ」
この後の続きは部屋に行ってからするか。そう思っレナータの腰に手を回し歩き出すと、レナータが後ろを振り返る。
「ヴァン」
「どうした?」
「あそこに誰かいる。今、白いドレスを着た人が……」
しきりに気にするレナータに「気のせいだろう、ここは王家所有の離宮だ。誰も入り込めないことになっている」と言って真剣に聞かなかったのが悪かった。
後でとんでもないことが起こるとは思いもしなかった。この時は、早くレナータと二人きりになりたい思いの方が強かったのだ。
むきになるレナータの手を掴み、他のことなど考えるなと言っていた。
「他のことはどうでもいい。おまえは余だけ見ていれば良いんだ。今なら余を独占出来る特典つきだぞ」
「イヴァンたら……」
レナータが照れながらも抱きついてこようとして動きを止めた。側にゲラルドがいたことを忘れていた。気まずそうなゲラルドに苦笑を返すしかない。レナータが顔を寄せて言ってきた。
「あの、イヴァン。続きは部屋に戻ってからね」
「今日のおまえは積極的だな。そんなおまえも悪くはないが」
そう言うとレナータは顔を真っ赤に染めた。




