19話・速攻回収してしまいたい
あの頃の私は他人から見れば気が狂っていたようにしか見えなかっただろう。私は一国の王女に生まれたというのに化粧や身なりにも気を配らなかった。
そんなことよりも先進国から見下されている我が国の現状を憂い、周知させるのはどうしたらいいのかと、他国の王から見ればそのような雑事は臣下にやらせておけと言われるようなことばかり考えていた。
可愛げの無い王女と言われても仕方なかった。相手に媚びるなど、足下を見られそうで王女である自分は出来なかった。
外見に自信がなかったのもある。異性は皆、見た目を重視したが、それは女性の地位が男性よりも下に見られていた時代だからである。
女は男の後ろを付いてくるものと決めつけられていた。それは王でも例外ではなく、王位に就くのは王子で、王女は国の為に嫁ぐ駒でしかなかった。
高貴な血が流れている限りソニアもそれから逃れられない運命なのだと思っていた。政略結婚でも仕方ないと。相手の見目や立場など自分からは望めるはずもなく、こちらは選んでもらう立場。それに文句など言えはしなかった。
ところが自分は選んでもらえる相手にも相当しないのだと、知った時の衝撃は大きかった。
一度、先進国の中でも太陽王と称されていた見目麗しい大国の王子と婚約が持ち上がった時がある。父王がかねてから希望していた見合い話だ。
父王は王女である自分の娘を家臣に嫁がせることを良く思わなかった。生まれながらの王族は、王族同士婚姻するのが当然だと思っていた。自分の娘を先進国の王子の元へ嫁がせることで、その国の恩恵を受けようと考えていた。
しかし、父王の目論見は外れた。お相手がソニアを拒絶したのだ。
──宝石姫と聞いていたからどのような美姫が来るかと思っていたのに、醜女ではないか。
その言葉はソニアの矜恃を粉々に打ち崩した。
あのオジサンももう五十代と聞くけど。前世の自分と繋がりのあったあの王子を思い出してうんざりする。ソニアを拒絶した王子は今では王となっていた。ソニア王女より彼は二つ年下だったのでまだ五十代。
噂に聞くところによると、ソニアとのお見合いの後に出会った他国の王女さまとの縁談が決まり、その王女を王妃した後、他にも側妃、愛妾を何十人も持ち、彼の後宮は美しい花々で潤いでいると聞く。
──もげてしまえばいいのに!
前世の思いが現世の私とリンクした。
「何だかムカついてきたわ」
「殿下?」
「ああ。何でも無いの。こっちの話」
怪訝な目を向けてくるゲラルドの視線から逃れるようにカップを持ち上げて口づければ、ハーブの香りが口内に広まった。
「ハーブティーね。気持ちが和らぐわ」
「それはようございました」
一息つくと前世で私が書き残したはずのノートの存在が気になってきた。私が死んだ後、あのノートはどうしたのだろう? 身の回りの世話をしてくれていた者が処分してくれた? それなら良いのだけど、万が一、あのノートが存在していたなら恥ずかしすぎる。あれには本音を書き綴っていたのだから。
イヴァン一派を呪う言葉や、自分がやり残した政策への無念、そしてこれまでの人生を振り返ってみての後悔や、反省など、あの頃の私=ソニア王女から見れば弱音と思われる事も書いていた。
あの頃は人間死んだら最期だと思っていたし、生まれ変わるだなんて思いもしなかったから。遺書のつもりでわざとノートには恨み辛みを書き綴ってやったのだ。
死後、誰かが見て少しでも王女ソニアという人物を印象付けてもらえたならそれでいいと考えていた。
転生した今となっては、あのノートが公に見付かったなら気まずいような気がする。前世の自分が書き残した物なのだ。他人ならば支離滅裂に思われるような文章でも、転生した自分になら分かってしまう。
どのような心境で書き殴っていたのかを。そしてソニアは何より悪筆だった。あのような物を他人の目に晒すことは出来ない。
もし、どこかに存在するのならば即刻、回収せねばと心に誓った。




