189話・二人で旅行に行きたいの
「ヴァン。なにかあったの?」
「こんな物が届いてな」
心配するレナータにフランベルジュ国からの書状を差し出すと一瞬、彼女の顔が曇った。すぐに元に戻ったが。
「どうやらタマーラに誑かされていた王子の目が覚めて、ようやく許婚である公爵令嬢と婚姻されるようだ。その招待状だ。ぜひ、我ら二人で参加をとある」
「行くのでしょう?」
「おまえは……」
レナータの言葉には迷いがなかった。まだ決めかねている自分に彼女は言った。
「私も行きます」
「無理に行かなくともいいのだぞ。あそこの王とは特に交流があるわけでもない」
女好きな国王の目にレナータが留まったら困る。
「私は行ってみたいわ。あなたと旅行に行きたいの」
「旅行」
「そうよ。旅行。二人でお出かけなんてしたことないじゃない?」
レナータの言葉にそうだなと頷く。確かに二人で旅行などしたことはない。レナータが上目遣いに
「駄目かしら?」と聞いてくる。
「でもいいのか? あそこの王はおまえがソニアの時に見合いした王子だろう?」
気まずくないのかと聞けばあっけらかんとした言葉が返ってきた。
「別に気にしてないわ」
「本当か?」
大丈夫よと笑みが返ってきた。あと一つ懸念がある。
「あそこの王は女に手が早いと聞く」
「ソニアの時は思い切り拒まれたわよ」
「レナは若いし、あいつ好みの顔をしている。ちょっかい出されそうで気に食わん」
「イヴァンが側にいるんだもの。あの人もそうそう簡単に手を出せないでしょう?」
あちらはもうオジサン超えているし、王孫までいるのだから大人しくなったと思うとレナータは言う。
それに何かあったら助けてくれるんでしょう? と、期待を込めた目を向けられたなら拒めない。
「招待に応じるか」
「ヴァン。ありがとう。今から楽しみだわ。さっそく旅行の用意をしなくちゃ」
「おいおい、まだ半年も先の事だぞ」
「だってヴァンとお出かけが嬉しいんだもの」
なんて可愛いんだ。余のレナータは。頬にキスすると照れたようにキスを落とした場所を手で抑えていた。
「イヴァン」
「照れているのか?」
からかわれたと思ったのかこちらを睨んでくるが、それではちっとも怖くない。ますます愛おしさがこみ上げてくる。晩餐もそこそこにレナータを抱きあげて寝台に運ぶことにした。
そして半年後。自分はある計画を水面下で行っていた。これはソニアにも明かしていない。ソニアに教えたなら自分で行動すると言いかねない危うさがあった。
自分としては、ソニアには守られていて欲しいのだ。彼女自ら動いて危険に晒すようなことにはなって欲しくない。
ソニアだった彼女がこの腕の中で息絶えたことを鮮明に覚えている。あの心臓を凍らせるような思いはもう二度と味わいたくない。レナータには平穏な日々を送って欲しい。自分の隣で笑っていて欲しい。 その為にはありとあらゆる事から彼女を守ることだと思っている。
事情を知らないテオには過保護過ぎないか? と、呆れられるが仕方ないだろう。愛する女の死を二度も見たくはない。
レナータは自分にとって心臓にも値する者だ。彼女を喪ったなら自分は生きていけない。
ともかく後はテオに任せ、旅行の間はレナータと邪魔者の入らない新婚旅行を楽しむことにした。




