187話・あの男は悪い男
「私達は姉弟だったのよ。結婚なんて出来るわけない」
「余は前王妃さまの保護下におかれていたから、誰もが王子として扱ってはいたが、陛下としては認知する気はなかったようだ。いくら母と将軍が誤魔化そうと、余の父親がだれか陛下にはバレバレだったからな」
その言葉でレナータは何か思い出したようだ。ソニアの記憶を持っているのなら恐らくこのことは彼女も知っていたはずだ。
「そのことをどうやってイヴァンは知ったの?」
「直接、先々代の王より言われた。おまえは余の子ではない。だから王位には就かせぬ。諦めよと。その代わりソニアの婿になれと言われた」
「ええっ? 何それ? 初耳なんだけど? それにお父さまにいつそのような話をしたの?」
ソニアだった頃に、自分の知らないところで進められていた話にレナータは驚いていた。
「余が二十歳になった頃に言われた。その為、余は陛下と約束した。辺境部隊に身を置き、自分に力をつけて戻ってくると。父上が亡くなってからイラリオン兄上が即位され、その隣で姉上が摂政として補佐している知らせを聞いて頑張って来た。それなのにある日、宮殿が反王制派に取り囲まれたと連絡が入った」
レナータもその時の記憶はあるようで「前将軍が蜂起した日ね?」と、確認してくる。
「姉上と兄上の様子が気になって仕方なかった。馬を飛ばして王都に来てみれば遅かった」
何か思い出している様子のレナータに謝ることしか出来なかった。
「済まなかった。あの時、救ってやれなくて……」
「色々と事情があったのでしょう? 謝らないで」
ここでもレナータは優しかった。もしかしたら今はソニアとしての気持ちで対応しているのかもしれないが。
「イヴァン。あなたのことを今生の私は憎んでいないわ。ラーヴルのしたことは許せないけどね」
「ラーヴル? 前将軍と何か?」
「あの男は悪い男よ」
レナータが産まれた時にはラーヴルはすでに亡くなっている。この国の英雄としてのラーヴルのことは話に聞いたことがあっても本人に会ったことなどないはずだ。その彼女がラーヴル自身を知っていて、嫌う素振りを見せた時にやはりレナータはソニアなのだと確信した。
レナータはソニアとして亡くなった日の事を語りだした。ラーヴルは珍しくも幽閉されていたソニアの元を訪れ、以前ソニアが治めていた領地で取れたワインを持参したのだという。
それを聞いて嫌な思いがした。ソニアは表向き捕らえ人とはなっていたが、番人達は自分の意を汲んだ者で囲まれていた。ソニアを不快にさせることなく、塔内では彼女の割と自由にさせていた。
その為、彼女のことを聞きつけて領民達が差し入れにと送ってくる物も断ることはせずに検品した上で彼女に渡していた。その品物が送られてくるのを彼女が楽しみにしていたことも知っている。
塔の中でのことは箝口令を敷いていた。それなのにラーヴルは彼女が治めていた領地の品を持って現れた。それをソニアが拒まないと知っていたからだ。
その事を知るとしたら誰かが漏らした可能性がある。可能性としてはキルサンが怪しいだろう。やつに漏らした情報はラーヴルに筒抜けだったことが分かっている。
もしもと思わなければやり切れなかった。キルサンとラーヴルの繋がりに気がついていながら、キルサンが自分を庇い怪我を負ったこともあって無条件に信じてしまった自分が情けなかった。




