185話・私ではお嫌?
「キルサンは己の子を王位に就かせることを考えた。先の将軍と同じ事を考えるなんて血は争えないな」
「……あなた、キルサンと……?」
レナータが、気がついたように凝視してきた。それ以上は口にして欲しくなくて唇を塞ごうと覆い被さるとレナータがこちらを真っ直ぐに見上げていた。
「……ヴァン……」
「レナ。余を照らす明かり。余の真実……」
レナータの瞳が蝋燭の明かりで煌めく。宝石のように輝き、曇りのない輝きだった。
「イヴァン……」
「余のこの手は血塗られている。そんな余が貴方を求めるなんて罪深いことだな」
急にレナータを抱きしめる資格などないように思われた。自分のこの手はあまりにも多くの人の命を奪ってきた。その手でレナータに触れるのは恐れ多いことかも知れない。体を離そうとした時だった。強くレナータが抱きしめてきた。突然のことだったので肩口に顔を寄せることとなった。
「余は妻殺しだ」
「あの御方はヴァンさまを利用しようとしただけです。王の子を謀るなんて罪です」
誰にも言えなかったことを懺悔するように言えば、レナータがあなたは悪くないと擁護してきた。
「前王妃さまは幽閉されてからは大人しくなさっていましたの?」
「これ幸いと他にも見た目の良い男を侍らしていたようだ。何度か子を流したらしい」
王妃を幽閉してから会いに行くことはしなかった。彼女がキルサンとの間に出来た子を自分の子と偽って産む気でいるのを知った時から猜疑心が芽生え、彼女に対し疑いしか持てなくなった。
政略結婚相手としてそれなりに大切にする気でいた気持ちすら失せてしまった。
キルサンはその後、王妃に見切りをつけたようで別れ話を持ちかけては自殺騒ぎを起こされて辟易していたらしい。王妃は荒れに荒れキルサンが相手にしてくれないならと他の男を誑かすようになっていた。馬鹿な女だ。気持ちの離れた男をどうにか自分の方へ向かせようと、嫉妬させる行動に出ていたつもりが逆に嫌われる行動になるとは思わなかったらしい。
男の気持ちとは女性よりも繊細なものだ。浮気男でも自分の物だと思っている女が他の男に抱かれて良い気持ちがする者はいない。気持ちが冷めるだけだ。
その王妃はキルサンと付き合っていたときから何か吹き込まれていたのか自分のことを馬鹿にし、毛嫌いしていたから会いに行かない方が彼女にとっても都合が良かったようだ。
「余はあれに嫌われていたからな」
「ヴァンさまはこんなにもいい男なのに、前王妃さまは見る目がありませんでしたのね」
急にどうしたと言うのだろう。普段、辛口で自分を突き放す言葉しかかけないレナータが優しかった。そればかりかよしよしと頭を撫でてくる。それが心地よく感じられた。
「ヴァンさま。あなたにご褒美を差し上げます」
「褒美?」
レナータがくれる褒美とは何だろう? もったいぶって言っているがきっと下らない何かなのだろう。自分としてはレナータ本人が欲しいが、それを本人は望まないし。
「私ではお嫌?」
レナータの言葉に耳を疑った。緊張しているのか声が裏返っている。
「レナを? いいのか?」
聞き返すと頷くのが見えた。歓喜に胸が騒ぐ。レナータの気が変わらないうちにと急く気持ちが彼女の唇に触れあわせていた。




