181話・逆臣
その女官の前にキルサンが立ちはだかった。
「この慮外者めが」
「違っ……!」
女官は目線を泳がせた。まるでキルサンを直視するのが辛そうな態度で気になった。
「キルサン。その者を牢屋にいれておけ。後で詳しく取り調べる」
「御意」
キルサンがその女官を連れて庭園の垣根を越えた時に女官の悲鳴らしきものが聞こえた。ただならぬ雰囲気を察して近づいたところで「死ねっ!」と、血の匂いをさせてキルサンが斬りかかってきた。
咄嗟に胸元に忍ばせておいた短銃を抜き、キルサンに向けて撃った。セルギウスから持たされていたものだ。ふいに襲われたときに身を守る為に護身用として預けられていて、おまえ達がいるからそんなものは必要ないだろうと言っていたが、こうして役に立ってくれた。
剣を手放し膝から崩れ落ちたキルサンをセルギウスの配下の影の者達に捕らえさせていると、垣根の向こうから銃声を聞いたレナータが近づいてくる。泣きそうな顔をして近づいてくる。相当心配させたようだ。
有能な影達は、キルサンが切って捨てた女官の死体も片付けていった。
「くそ……!」
その場でキルサンは悪態をついた。
「キルサン。おまえには色々と聞きたいことがある。なぜ女官を斬った? あの女から証言を取ろうとしたのを妨害したと言うことは知られてまずいことでもあるのか?」
「ああ。あの女に毒を盛るように指示したのはこの俺だ。あの女からそれが漏れると厄介だから斬って捨てた。聞くことはそれだけか? 他にも知りたい事があるんじゃないのか? 陛下」
キルサンは太々しく開き直った。そのキルサンを見てレナータは驚いている。キルサンと言えば、彼の顔にある傷は若い頃、自分を庇って顔に負ったということもあり、皆が彼を忠臣と信じている。
そのキルサンが陛下である自分に歯を剥いたのが信じられないようだった。
自分はキルサンの裏切りに気がついていたのもあり、大したショックを受けることもなく、割と冷静に受け止めていられた。
「キルサンどうしてなの? あなたはイヴァンに忠誠を誓っていたのではないの?」
レナータが責めるように言えば、キルサンは鼻で笑った。
「忠誠? そんなものあるわけない。俺は陛下を恨んできた。いつか復讐してやろうと思っていたんだ。この顔の傷だって陛下からの信用を得る為に、あえて陛下の命を狙う暴漢の前に身を乗り出した」
「復讐って、陛下があなたに何をしたというの?」
「粛清で俺の親父を殺した」
「あなたの養父だった前将軍のこと?」
「養父なんかじゃない。俺の本当の父親だ。ラーヴル・アスピダは俺の実父だった」
レナータがどうしてこんなことをしでかしたのかとキルサンに聞いていた。キルサンは絞り出すような声で告白した。レナータは初めて聞く真実に驚いていた。
自分は知っていた事だが、キルサンの恨みの声が痛々しかった。自分はラーヴルという男の狡猾さを知っている。あの男は目的の為なら手段を選ばない男だ。自分もそうだが、キルサンもあの男にとっては手駒に過ぎない。あの男に情などないのだから。
キルサンには良い面しか見せてこなかったのだろう。キルサンは盲目的にラーヴルを信じていた。




