180話・因縁深い英雄の血
それから数日後。影の者の知らせでキルサン将軍が怪しい動きを見せていると報告があった。彼の屋敷に配下の者達が集まり決起集会を開いているらしい。
どうもキルサンは簒奪を狙っているらしいとの事だった。その報告を受けてキルサンが自分を庇って顔に傷を負った時のことを思い出した。そのキルサンを何度となく見舞っていたある日の事。
そこへ先客がいてそれがラーヴルだった。将軍である彼が一兵を見舞うなんて珍しいこともあるものだと思わず聞き耳を立ててしまった。
そこで交わされていたのは父子の会話。自分には望んでも手に入らないものだった。
ラーヴルに息子と認められていたキルサンが自分から王位簒奪を企んでいる。ラーヴルは息子と認める訳にいかなかった自分の為に先王から王位を取り上げ、息子である自分の頭に王冠を載せた。
それが今度は腹違いの兄によって奪われようとしている。
何という因縁の深さなのだろう。英雄の血とは。こんなにも周囲の者を惑わせるのか?
幸い、影の者達が動いたことで配下の者達を密かに捕らえ拷問にかけた。そこから挙兵の事も明らかになり彼らの仲間を次々牢に繋いだことで、牢に繋がれていない者達は誰かが密告したのだと思い込み、疑心暗鬼になった。そして明日は我が身とばかりに決起集会に足を運ぶのを躊躇しだし、彼らの結束力も薄れキルサンの目論見は潰えたように思えた。
そして一ヶ月後。視察に出向いた海沿いの街で新鮮な魚介類を手に入れたので、それで料理を作るように料理長に頼んでおいたら、昼餐にその食材を用いた食事が出た。
ここでの食事は主に肉料理が多い。魚介類などを使った料理は珍しい。
女官達が慣れた手つきで次々料理を運んで置いていく為、テーブルの上は様々な料理ですぐに埋め尽くされた。
レナータもこういった料理は見るのも初めてで目を輝かせている。
「美味しそうだな。料理長に頼んだかいがあった」
「いい匂い」
レナータが匂いを嗅いだときだった。一瞬、変な顔をしたかと思ったら、自分が手に持ったスープ皿を払いのけた。
「ヴァン、駄目! それを口にしないでっ」
気迫迫る表情に飲まれて何も出来なかった。レナータはドレスのポケットから取り出した銀のスプーンを、残ったスープ皿の中につけた。
すると見る間に変色していく。それが意味するのは料理に毒が入っていたことを示していると言うことだ。
「皆、この場を動かないで!」
命が狙われたというのに気丈にもレナータは周囲に指示を飛ばす。出来ればレナータにはこのような事を知られたくなかった。今まで彼女が気がつかないようにセルギウス達が目を光らせてきたというのに、何者かがその目を掻い潜って持った可能性が高い。
料理に盛るぐらいだから調理場の者か? 料理長のことは信用しているだけに疑いたくないが。このように何でもないはずの者を疑わなければいけない状態に追い込んだ犯人が許せなかった。
「セルギウス。料理長や、調理場にいた者を調べよ」
忌々しく思う気持ちが声に現れていたようで、それを聞いてか新顔の女官が震え出した。ただそれだけなら初めて憤る自分を見て驚いたと思ったところだが、その女官の場合、見る間に顔が青ざめてきたばかりかドレスの端を掴んで必死に何かを堪えているようなふしが見られた。
「そこにいるおまえ。何か知っているな?」
直感だった。女官は何かを知っていて隠している。そう見えた。その女官は自分の問いに答えず後退りする。問いに答えようともせずに、この場から逃げだそうとするなんてますますもって怪しい。




