179話・レナを不幸にしたら許しませんよ
晩餐にタチアナがやってきた。タチアナの顔を見てレナータが嬉しそうに席から立ち上がった。
「レナ。久しぶりね。元気にしていた?」
「お祖母さまも」
レナータはタチアナを自ら席まで案内した。二人は久しぶりの再会だ。タチアナは王都の屋敷には住んでいるが王妃となったレナータの立場を思って、宮殿に自分の方から足を運ぶことはなかった。
バラムは外交官という仕事柄、報告を兼ねてレナータにはちょくちょく会いに来たが、タチアナは遠慮してきたのだ。
「お久しぶりにございます。イヴァン陛下」
「うむ。良く来た。タチアナ。今宵はゆっくりしていってくれ」
タチアナはアレクセイ兄上の女官長をしていたことがあった。その彼女の元へネリーを預けることにしたのも、口が堅く信用がおける存在だったからだ。
たわいない話をして会食が進み、食後のお茶を頂いていた時だった。
懐かしむようにタチアナが言った。
「あの儚い少年が、このような渋いおじさんになるとは思いもしませんでしたね」
「あの頃はよく亡き王妃さまや、アレクセイ兄上の女官長を務めてくれていたそなたに助けられたな」
「奇妙なものですわね。あの少年がこうして王となり、私たちの孫娘を妻としているなんて」
「そうだな。あの頃の余も明日のことなど考えられない状態でここまで来た」
「あの時は驚きましたのよ。何の説明もなくネリーを預かって欲しいと言われた時は、てっきり彼女が陛下の恋人かと思っていました」
タチアナが苦笑する。あの時、実母や将軍の目を逃れるようにしてネリ-を匿ってもらったが説明ぐらいはしたような気がするのに、タチアナに言ってなかっただろうか?
確認するためにバラムに目をやると、首を横に振られた。
「陛下からはこのことは誰にも明かさぬように言い含められていたので、タチアナに話したのはネリーがレナータを産み落としたときです」
バラムは味方になってくれなかった。一言ぐらい言って欲しかったですわと責めるような目でタチアナが見てきたので謝罪した。
「あの頃は陛下も大変だったのは分かっておりますから。でもあのお馬鹿さんと婚約破棄となったので、ようやくレナータが帰ってきてくれると思いましたのに、イヴァン陛下に持っていかれるなんて思いもしませんでしたわ」
彼女の言うお馬鹿さんとはヨアキムのことだ。タチアナはヨアキムとレナータの婚約を快く思っていなかったようだ。ここぞとばかりに文句を言われた。
無理もない。レナータは六歳にして王太子であったヨアキムの婚約者とされてから、王太子妃教育が始まった為に宮殿に足を運び、タチアナとゆっくり語り合う時間もなかった。
タチアナとしては可愛い孫娘を自分に取られたような気がして良い気分ではなかったのだろう。
「レナを不幸にしたら許しませんよ。陛下」
「分かっている。これを一生大事にする。泣かせるようなことはしない」
タチアナの挑戦的な視線を受けてそれに向かい合うと、レナが幸せならばそれでいいと返事が返ってきた。
「そなたらの懸念は問題にもならないって事を、あと数年で証明して見せよう」
バラム達の不安は杞憂でしかないと言うことを、時間がかかっても分かってもらうつもりでいる。その為には自分の忍耐も強いられるが仕方の無いところだ。




