177話・神の思し召しなのかもしれない
レナータは自分の謝罪など必要としてなかった。彼女の言葉にバラムが目元を指先で押さえていた。
バラム夫婦には感謝しかない。両親を亡くしたレナータを慈しんで育ててくれたおかげで、彼女は卑屈にならず真っ直ぐに育った。
「そのように謝らないで下さい。私の両親が亡くなったのはこんなことを言っては不謹慎かも知れませんが、それも宿命だったのですわ」
「宿命か」
レナータは宿命という言葉を持ち出した。これは逃れられないものだと。まだ十六歳だと言うのにずいぶんと老成したような考えではないか。
前世から定まっている運命だと言うのか? まるで目に見えないものの力が働いているとでも言いたいような。
「神の思し召しなのかもしれないな」
呟きが漏れた。
「あのタマーラは何者なのでしょう? 証拠として軍の階級のブローチをお持ちでしたけど?」
「さあな。恐らく母親が娼婦で、兄上の配下の誰かからもらったんじゃないか? 兄上は功績を立てたものにちょくちょく自分の物を与えていた」
アレクセイ兄上は物には執着しない人だった。配下の者たちには気前よく何でも奢っていたし、自分が付けている装身具を欲しがる者がいれば、功績をあげた褒美としてくれてやっていた。
「兄上も浮かばれないな」
功績を立てた配下を労う形で与えていたブローチが他人の手に渡り、それが回り回って悪用されていたとは残念でならない。
「あの人はアレクセイ殿下の娘だと母親に言われて育ってきたのでしょうか?」
もしも、そうならその母親が騙っていたわけで、それを鵜呑みにしていたタマーラだけを罪に問えないのではないかと、レナータは言いたげだった。
しかし、タマーラについてはこの後のバラムの説明で明らかになると顔を顰めていた。
「タマーラは社交界を渡り歩く娼婦で詐欺師でした。彼女は容姿の良さを鼻にかけ、特権階級の男達に自称王女だと名乗り、言い寄って貢がせていたようです。フランベルジュ国では王孫である王子に近づいて、その遊び友達らと親密な仲になっておりましたから、私が連れ帰らなければ最悪フランベルジュ国との間に問題が起こる所でした」
「妙に男に手慣れた様子だったな」
「調べでは実家は農家だったようで田舎暮らしを嫌い、家を飛び出し街に出てきたものの、住む所や食べる物に困って酒場で酌婦をしていたそうです」
「タマーラの両親は心配していただろう」
「はい。タマーラが家を飛び出してからずっと彼女の行方を捜していたようです。我々が真相を伝えると驚き、王族の御方の名を騙るなんてと大層嘆いておりましたよ」
タマーラの両親は常識人だったようで安心した。もしも両親が娘を唆していたのなら、彼らも罪に問わなくてはいけなかったところだ。
タマーラはアレクセイ兄上の子だと騙っていたのが明らかになった。それにしてもあのブローチをどこで手に入れたのやらと思うと、バラムの話ではタマーラが酒場で酌婦をしていた時に、彼女の気を惹こうと質屋の息子が家に珍しい質草があると言って持ってきたのがあのブローチだったらしい。
ブローチが亡きアレクセイ殿下の物と知り、その娘を騙って詐欺を働いたらしかった。




