176話・おまえから両親を奪った
「レナータ。おまえの母はバラムに預けた時にはちょくちょく具合が悪くなって、皆が心配した。兄は亡くなっていたから心痛や、慣れぬ環境で体調を崩しがちなのではないかと思っていた」
その時の事を思い出していると、バラムと目が合った。バラムは頷く。
「バラムの妻が異変を感じ取って、すぐに医者を呼ぼうとしたが、おまえの母がそれは嫌だと拒み、バラムの息子に付き添われて医師にかかったことで妊娠が分かった」
「息子は責任を取ると言い出したのです。その事で私はお預かりしていたネリーさまを息子が穢してしまったのではないかと思い、息子を勘当して我が家から追い出そうとしました。それをネリーさまが必死で止められて……。全てはご子息に惹かれてしまった自分が悪いのだと言い、どうか彼と一緒にさせて欲しいと涙ながらに懇願されて陛下に相談の上、二人を一緒にさせることが決まりました。生涯、私が二人を見張るという約束の下に」
レナータはその話の流れで察したようだ。
「……実際は違ったのですね? その真実が知られることを母は恐れていた?」
「ネリーは産まれた子がアレクセイ殿下の娘だと知られる事を恐れ、余に関わる事を拒んでいた。あの頃の余は粛清に明け暮れていたから、自分の娘が標的にされでもしてしまったらと恐れていたのだろう。しばらくは会いに行くのを控えていたが、バラムからの手紙で詳細を知った余は、どうしても兄の娘に会いたいという衝動を抑えられなかった。あることを確認したかった」
「王家特有の瞳ですか?」
レナータの唇から紡がれた言葉に、ハッとしてバラムを見れば首を横に振られた。王家の瞳については一部の者しか知らない秘密事項なのだ。なぜそれをレナータは知っている?
「いつから知っていた?」
「物心ついた時から自分の瞳が他の者と違うということや、その瞳を持っている人が希であることを知った時から気になって、憶測を立ててはいました」
憶測。それだけで真実に近づいたというのか? 我が姪は実に優秀だ。
「以前、あなたさまが私の両親について伺った時の反応や、言葉から考えました」
「さすがレナだな。余の妻は聡明すぎる」
感心すると、釘を刺された。
「でもそうなるとあなたさまと私は叔父、姪の立場になります。この国では王族なら叔父、姪でも結婚出来ない訳ではありませんが私がアレクセイ殿下の娘だと知られると、血縁関係から血が濃くなりすぎると指摘する者が現れないとも限りませんよね?」
「その辺は大丈夫だ。問題ない。いずれそなたとの間に子をもうければ煩い爺どもは黙るさ」
レナータは自分との間に子を持つことを望んでいない。関係を結ぶことを極端に恐れてもいる。だが、自分としては彼女以外の女と子を成す気はないのだ。
なあ、とバラムに話を振れば、バラムは苦笑を返すのみだった。
ようやく自分の本当の父親がアレクセイ兄上だと認めたレナータに謝らなければいけなかった。
「おまえには謝らなければならないことがある。余のせいでおまえの両親が亡くなった」
「陛下。それは……」
バラムは違うと言いかけたが、手をあげて制した。
「余の軽々しい行動が、おまえから両親を奪うことになった。おまえには恨まれても仕方ないと思っている」
赤子だったおまえから両親を奪ってしまうことになってしまったのは自分のせいだ。この件に関しては謝りきれない。済まなかったと謝ろうとした自分を止めるようにレナータが言った。
「それがどうしました?」
「レナ?」
「私は物心ついた時にはすでに両親はいませんでした。確かに私は両親の愛を知りません。でもだからと言って一度も寂しいなんて思ったことはありませんわ。祖父達には愛されて育ちましたから」
「レナータ……」




