174話・王姪を騙る女
数日後。バラムが一人の女を連れて帰国した。その女は近隣諸国の社交界にある日彗星のごとく現れて、美しい容姿から貴公子達の目を惹きつけ、皆の話題を攫っていた。
真珠姫と称されている女は黒髪に青い瞳をしているらしい。
彼女はとても美しく、話し上手でフランベルジュの王子や側近らが骨抜きにされているという話だった。端から見ると、彼女に王子らが侍っている状態らしい。
他国の社交界事情など全く興味などなかったが、その女がある御方のご落胤だと名乗り出たことから無視を決め込んでいる場合ではなくなった。
女はよりによってアレクセイ兄上の子供だと吹聴し、それを信じてクロスライト国王の姪であるその女と懇意になろうと言い寄って来た男達を相手に、金を無心し貢がせているようなのだ。
特にフランベルジュの王太子の唯一の息子である王子は、許婚のご令嬢を蔑ろにしているらしく、このままでは王子は廃嫡、国も成り立たなくなるであろうとフランベルジュの大使から相談を持ち込まれたバラムが報告してきた。
こちらとしてもアレクセイ兄上の娘を騙る女を放置しておく訳にはいかず、真相を探るべくバラムを送り込み、上手く誘導して自国に連れ帰るように命じた。
バラムは優秀な外交官なので、女を警戒させることなく宮殿まで連れてきた。
フランベルジュの王子を骨抜きにしたと言うからどのような人物なのかと思っていたが、謁見室に現れた女は綺麗ではあったが厚化粧で香水臭く、媚びた目を向けてきた。これではただ、見目の良い酒場の女ではないか。
あ然とすると、まだこちらから声をかけていないのに自分から名乗ってきた。礼儀も知らないようだ。
「初めまして。あなたがイヴァン陛下? なんてかっこいいの。素敵。あたしはタマーラよ。父はアレクセイ殿下なの。叔父様宜しくね」
恐らく特権階級で育った者ではないだろう。平民か? このような女が誰にもばれていないと思い込んで調子に乗って、アレクセイ兄上の娘を語っていることが許せなく思った。
これはアレクセイ兄上と、その恋人だったネリーへの冒涜だ。本物の娘であるレナータへの侮辱だ。
「タマーラとやら、どうしておまえは亡きアレクセイ殿下の娘を騙っている?」
「騙るだなんてとんでもない。あたしはアレクセイ殿下の娘です」
なかなかに面の皮が厚いようだ。
「証拠はどこにある?」
追及するとタマーラが「証拠ならここに」と一つの血痕のついた薄汚れたブローチを差し出して来た。
軍の階級のバッチだ。これは軍に身を置いていたものなら誰でも持っている。自分も同じ物を持っている。特に珍しくもなんともない。
これだけでは証拠にはほど遠い。何も知らない他国の者や軍部にいない者から見たら騙されたかも知れないが。
「これだけで殿下の娘を名乗るとは片腹痛い」
「信じて下さい。父がこれを母に渡し、私が成人したらこれを証拠として宮殿に持って行くようにと言付けたのです」
よくもそうスラスラと嘘が出てくるものだ。
「もし、その話が本当ならばなぜ、今頃現れた?」
「それは……母が亡くなったからです。それまでは父の娘と知りませんでした。母が今際の際で教えてくれたのです」
「おまえは死人に口なしを良いことに偽証しようというのか?」
「嘘ではありません。信じて下さい。陛下」
騙り者の何を信じろというのか? フランベルジュの王子らはこんな安い女に引っかかってしまったとは。両親である王太子夫婦が気の毒だ。




