173話・ばか、襲うぞ
「違うぞ」
自分の抱きたい女は後にも先にもおまえだけだと言いたい。
でも先ほどの誤解を解けたとは思うので言っておくことにする。
「レナは誰よりも美人で聡いからな。誰もが狙っていた」
それは本当だぞと言ったのに背を向けられてしまった。余の宝石姫はお冠らしい。
「……ヴァンの馬鹿」
小さな呟きが聞こえた。怒ったのか?と聞いても返答がない。
「なあ、レナ。拗ねているのか?」
「別に」
「そう怒るな。拗ねているおまえも可愛いが。仲直りしよう」
「あ。ちょっと……! 見ないで」
背後から顔を覗き込んだら泣いていた。驚いた。なぜ泣いている?
「レナ? 泣いているのか?」
「……もう、嫌だ」
シーツに顔を伏せようとした彼女の顎を掬うと、ポロリと涙が頬を伝わっていた。
「おまえに泣かれると弱いんだ。泣くな。レナ」
指の腹で涙を払い、頭を抱き込むとスンと鼻を啜る音がした。自分が大人げないことをした自覚はある。
「からかって悪かった。余が大人げなかった。許してくれ。レナ」
「ヴァン……」
普段から聡い発言をしている彼女は大人びている。対等に話しているものだから気にしていなかったが、彼女はまだ十六歳。親子ほど年が離れていることを忘れがちだ。レナータを泣かせた自分が悪い。
「許してくれるか? 余の可愛いレナ」
「知らない」
「なあ、レナ」
ふて腐れる彼女も可愛かった。頭を撫でてやると反論された。
「ヴァンさま。私はもう子供ではないです」
「それなら今すぐ妻として扱うが良いか? 夜の勤めを果たしてもらおうか?」
「そ、それは……。だ、駄目です」
つい、虐めたくなって意地悪なことを言うと、レナータの体が強ばった。
困らせたいわけではない。逃げ道を用意してやる。
「まだ応じる気が無いのなら子供のふりをしておけ。悪い大人にぱっくり食べられてしまわぬようにな」
「悪い大人ってヴァンさまのこと?」
「さあな」
おまえが子供のふりをしているうちは手を出さないと表明してやったのに、レナータは気がついてないようだ。見上げてくる彼女から自分の理性を試されているような気がして目を反らす。
「さあ、寝るぞ」
これ以上は駄目だ。下半身に熱が籠もってきそうな気がしてそこから意識を切り離すためにもレナータに背を向けた。
すると背中に彼女が張り付いてきた。胸の膨らみが背に当たる。
「ばか。襲うぞ」
「ヴァンさま。横暴」
背後から回された手にどきりとした。お腹に腕が回されている。警戒が薄れているらしい。警告はしたはずなんだがなと思いつつも、レナータの手の上に手を載せる。人の気も知らずに全幅の信頼を寄せるレナータが恨めしかった。
理性と欲望のせめぎ合いの中、どきどきする気持ちを抑え込もうと深く深呼吸を繰り返していたら、背後の姫は先に寝てしまったようだった。




